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ゼメキス作品の特筆が集約された最新作『HERE 時を越えて』
『HERE 時を越えて』はそんなゼメキスの特質が、集約されている。原作はリチャード・マグワイアのグラフィック・ノベル『HERE』(リチャード・マグワイア著, 大久保譲訳 / 2016 / 国書刊行会)。この本にゼメキスが関心を寄せたことは、彼の持ち味としていかにもだが、本人は製作の動機を「数百年前に建てられた家に泊まった時、石の壁を見ながら、いったい何人が私の座っているこの場所を通り過ぎていったのだろうと考えた」と述べている。家屋を石で造る文化のない日本人には、築100年を超す住まいはイメージしにくいが、永い時間への感性はむしろなじむのではないか。

中心はリチャード(トム・ハンクス)とマーガレット(ロビン・ライト)の夫婦の物語。HERE(ここ)に置かれたカメラは、地球創生から生命の誕生、巨大生物の滅亡を経て、人類が生まれて家が建ち、その持ち主の代替わりも見つめている。その移り変わりは、スクリーンの中にもうひとつのスクリーンが開き、次々と窓を開くように描かれる。
そこに描かれる風景は、なんとも知れず胸を打つ。それはそこに描かれる風景が、誰もが身につまされるものだからか。各エピソードを支える過去の堆積。その重さがこの映画を深く切なく、しかも温かいものにしている。

決定的なシーンがある。マーガレット50歳の誕生パーティ。大勢の友人を集め、リチャードが準備したケーキを前に、最初ははしゃいでいた彼女だったが、いつしか泣き崩れてしまう。「私は何も成し遂げていない。こんな人生はもういやなの」と。
願いをこめて吹き消すケーキのロウソクも、何本か残ってしまう。白紙だったはずの未来も、どんどん過去として塗りつぶされていく。それも自分が望まなかった形で。

リチャードの口癖は「光陰矢の如し」。時の速さに、ポジティブな気持ちも少しずつ色あせる。それが老いというもので、過ぎゆく毎日をそのまま受け入れることが、彼の時間との向き合い方だ。彼の選択は、幸福のための諦念なのだ。そしてそれは彼の父から受け継ぐ考え方でもあった。
あらすじ:太古の時代から現代まで時間が経過する中、ある空間が映され続ける。やがて一件の家が建ち、様々な人々が入れ替わり、暮らす。そして1945年、アルとローズ夫妻が購入し、息子リチャードが誕生。絵が得意なリチャード(トム・ハンクス)は、激動の時代にアーティストを夢見るようになる。高校生で出会った弁護士志望のマーガレット(ロビン・ライト)と恋に落ち、2人の人生が始まる。