日々出会う心ない言葉や出来事に、どうしたらいいか分らなくて立ちすくんでしまうことがある。たとえば、友人に大切な思い出を話したら「ちょっとズレてるよね」と笑いながら切り捨てられたとき。そうした言葉はときに鋭く、自分の意図や積み重ねてきた思いさえ切り落としてしまう。そういった出来事に触れるたび、自分が信じていた価値観や大切にしたかったものが分からなくなっていく。
そんな迷いの中で聴いたGOFISHのアルバムのことを、私は忘れられない。鳴り続ける一音一音に身体がじわりと溶けていく感覚になって、幸せで悲しい。ずっとこの音楽の中にいたいと強く思った。
GOFISHは、名古屋を拠点に活動するテライショウタのソロプロジェクト。テライは1995年にハードコアバンド「Nice View」のギターボーカルを務め、2000年頃から「GOFISH」として、弾き語りやバンドセットとして各地で演奏を行っている。過去に柴田聡子、イ・ラン、浮、井手健介らが楽曲制作に参加し、2024年3月には石橋英子、カネコアヤノらと共演した。
2024年5月にリリースされた通算7枚目となるアルバム『GOFISH』では、黒か白どちらかに言い切ることのない「間(あわい)」の世界が広がっていた。それは、それぞれの孤独へ還っていくことができる世界だ。
弱さに名前をつけたくなる瞬間がある。迷いに意味を求めたくなるときもある。でも生きているって、意味が分かることばかりじゃないとGOFISHの音に触れるたびに思うようになった。アルバム『GOFISH』にあるのは叫びでも主張でもない、言葉にならないものをそのままでいさせてくれる間だ。瞬間風速的な言葉の強さが目立つ現代で、曖昧さや矛盾を抱えたまま立ち止まること。それが人間らしさなのだと、テライショウタの今までと、作り続けてきた音楽はやさしく肯定する。
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アルバム『GOFISH』で描かれる、肯定したい「迷い」の姿
─2024年4月にアルバムをリリースしてから、バンドセットやソロとして各地を巡られました。SNSや現場のお客さんの反応を見ていても、今回のアルバムはセルフタイトルを掲げているだけあってGOFISHの集大成ということを実感されている方も多いのかなと思いました。ご自身の手応えとしてはどうでしたか?
テライ:ちゃんと聴いてくれてる人がたくさんいると、すごく思います。2月のライブ(※)でもお客さんに「助けられてる」って言われて、そんな風に言葉にして言われることもそこまでないです。
※2025年2月2日に、東京・青山月見ル君想フ企画の旧正月を祝うシリーズイベント『春節のかりゆし』に出演した。

名古屋を拠点に活動する、テライショウタのソロプロジェクト。2003年のアルバム『Songs for a Leap Year』(Stiff Slack)でデビュー。2021年にリリースした6枚目のアルバム『光の速さで佇んで』よりバンド編成での楽曲を発表。2024年にリリースしたアルバム『GOFISH』では、藤巻鉄郎、墓場戯太郎、中山努、潮田雄一、元山ツトム、井手健介 、浮を迎えて各地でリリースライブを行った。テライは日本屈指のハードコア・バンドNICE VIEWのボーカル&ギターとしても知られ、2019年より活動開始したSIBAFÜにギタリストとして参加している。
─各地のライブで演奏されていた楽曲の中でも、MCで「迷うことが人間らしさである」という話をされていた“嘘とギター”が印象的でした。これはいつごろ作った楽曲でしたか?
テライ:2年前ぐらいだと思います。ツアーで四国から本州に向かう途中、電車に乗ってる時に香川の山の形が変わってるのが印象に残って。そこから“嘘とギター”の<不思議な形の 山々が連なる 特急列車の 車窓から望む>という歌詞が生まれました。そして、その後なぜか<今から俺は悪魔に魂を売って>と続いて。
─この楽曲はテライさんなりの反戦の楽曲でもあるとお聞きしました。ライブのMCでも、「人間らしさ」というのは、たとえば戦場で銃の引き金を引く瞬間にためらいを感じることだと話されていましたが、ここで話されていた「人間らしさ」について詳しくお聞きしたいです。
テライ:戦場では撃つことが正義になるじゃないですか、死なないために。でも、人を撃つことができるのは、生きることに対して本能的に反応できる、本当に極わずかな人だけだと思うんです。実際の場面になったら、きっと多くの人が撃てない。戦争の中で何が正しいのかは本当に難しい。だけど、そうやって迷ったりためらったりするところに、人としての優しさとか、弱さがある気がしていて。その弱さと優しさを否定するものとして戦争がある。だからこの楽曲は、結果的に反戦の曲だっていう結論になりました。
─「迷う」ということは、断定しきらないことだと思っていて。2つしか選択肢がない白黒はっきりしている状態ではなくて、そのグラデーションができている。そんな間(あわい)の場所にすごく豊かさを感じます。
テライ:本当にそうだと思います。迷いの中にはやっぱり表現が生まれてるし、迷ってる時間の中で育まれるものは、すごく人間的ですよね。迷いの中に豊かさがあると信じているし、迷いを肯定したいっていう気持ちがあります。自分がそういう人間だから。

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感情を分けることはナンセンス、言葉にできないものが人を豊かにする
─迷いを肯定したいと話されていましたが、ご自身が今まで持ってきた優柔不断さや迷いやすさをコンプレックスに感じることはありましたか?
テライ:いまだにそうです。でもそんな弱さも豊かさとして肯定できることをしていきたいなと思います。だから、歌詞も断定する言い方があまり好きじゃないんです。
─(編集・柴田)迷うことを肯定したい、なぜなら「自分がそういう人間だから」と言われていたのは、何か自覚したタイミングがあったのでしょうか?
テライ:昔からやっぱり物事を決められない性格でしたね。日常のことは結構多いかもしれない。たとえばメールの返信が全然できないとか。言葉っていろんな解釈ができるから、相手が違う解釈をするかもしれないって思うと、気になってまとめられなくなってくる。
でもそこにある葛藤は真っ当だと思うから、それって悪いことではないと思うんです。すぐに返事を返せる人ってメカニカルというか、システマチックな、合理的な脳で動いてる。それは社会を動かすために大事だと思うけど、メールの返信1つでも、返事の文節とかで迷うことの方が、豊かさがあるなと思います。

ー迷いに悩む理由の1つに、感情をうまく捉えきれないということがあると感じています。嬉しさと悲しさって共存するものだと思いますし、感情には自分自身でもつかみきれない部分があると思っていて。テライさんは、自分の中に起こる矛盾した感情を実感したことはありますか?
テライ:もちろんありますし、そもそも感情を分ける、例えば喜怒哀楽を分けることもナンセンスなんじゃないかなとすごく思うんです。「怒り」っていう言葉がドカンって存在したら、どうしてもその言葉に寄っていってしまうじゃないですか。もちろん、その言葉自体は大事なものだけど、感情はもっと違う捉え方ができるものだと思うんです。言葉では言い切れないものがたくさんあるということを、やっぱり歌として表現したいと思います。だから自然と、作る曲は風景とか描写が多くなってきますね。
ーいろんな感情が1つの曲の中に含まれている感じでしょうか。
テライ:曲で描いた風景や描写に対して、聴く人がどういう感情を抱くかは、多分決まってない。そこで生まれる感情を「怒り」とか「喜び」って、いちいち名付ける必要があるのかも分からない。ぐるぐるしてる感情っていうのは、それはそれで成立してるんじゃないかな。言葉にしたいっていう気持ちはもちろんあるけど、言葉にできないことがあるというだけでも、人間ってすごく豊かになれるんじゃないかと思うんです。

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音楽は発言とは異なる形で心に響く。子どもたちとの関わりを通して受け取った自信
─楽曲には風景とか描写が多いというお話がありましたが、曲作りをする中で、社会の動きに対して影響を受けることはありますか?
テライ:影響を受けた方がいいってつい最近まで思っていたんですけど、そんなことないって思い直しました。社会に対して直接的な意見を発信すること、たとえば反戦の意思を示すことはもちろん大切だけれど、音楽にできることは、それとは少し違うことだと思うんです。それは社会の出来事に興味がないという意味じゃなくて、アプローチの仕方が違うということ。
たとえ楽曲の中で「戦争をやめよう」とはっきり言っていなくても、音楽を通じて描かれた風景や心情を受け取った人が、「心が落ち着いてく」と感じてくれることがある。そういうときに、「あ、じゃあこれで良かったんだ」って思えるし、自分のやっていることにも、ちゃんと意味があるんだなって思えるんです。

─近年では地域アートなどの取り組みも盛んで、アートや音楽が社会と結び付けられて発信されることも多くなりました。テライさんもGOFISHとしてアーティストインレジデンス事業に取り組んだり、小学生の子どもたちが通うトワイライトスクールへ足を運んだり、さまざまな場所で活動をされています。その中で、今までに接点のなかった人たちとも関わることがあったと思いますが、そういった関わり合いの中でなにか変化は生まれましたか?
テライ:これはもうMAT,Nagoya(※)のおかげなんですけど、きっかけを作ってくれた人がいるっていうところがデカイですね。意識は大分変わったかも。港まちの滞在は良かったです。自分の中で何か、ポピュラリティを獲得できるものがあったなと。
(※)愛知県名古屋市港区西築地エリアである「港まち」をフィールドにしたアートプログラム
テライ:小学生が通うトワイライトスクールで、子どもたちと一緒に曲作りをする機会があったんです。その時に、子どもたちが自分の作った曲をすぐに歌ってくれたことが嬉しかった。それって誰にでもできることじゃないんだなと思って、自信にもなりました。子どもたちがやりたいことを歌詞に反映させると、「自分も参加してるんだ」って思ってくれて、自然と集まってきてくれる感じもすごく良かったです。興味もすごく強くて、まさに好奇心の塊のようでした。自分で何か作ることの喜びを素直に表してくれることが嬉しかったし、GOFISHで作ってる曲とも、どこかつながっているような気がしました。
─どういうところでしょうか?
テライ:理屈じゃなく、言葉や音をそのまま受け止めてくれる子どもたちの姿に、GOFISHの音楽がちゃんと届いているというか、開かれているんだって実感がありました。それが、トワイライトスクールの子たちとのやりとりとも重なったというか、音楽を作ることで大事にしたい原点のようなものをあらためて感じさせてもらえた体験でした。あと、”肺”(※)という楽曲があるんですが、知人が運営する幼稚園で子どもたちの間で流行ったと聞いて、それも印象的でした。
(※)アルバム『燐光』収録曲
─“肺”は本当にいろんな人に届いていますね。楽曲を通じて他者と通じ合っている実感はありましたか?
テライ:そうですね。それは子どもたちと一緒にやってたことに限らずすごくありました。でも、特に子どもがそうやっていろんな曲に反応してくれてびっくりした。子どものために何か作ってるつもりなんて、全くなかったから。