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石橋英子が今、音楽に向き合い思うこと。『Antigone』に託す怒り、どっちつかずの肯定

2025.5.30

#MUSIC

自然豊かなとある町に、グランピング施設を建設する計画が持ち上がる——。

映画『悪は存在しない』(2024年)で、森や水源の汚染を懸念する住民と開発事業者の意見が衝突する場面に横たわる「判断不可能性」(※)。その濱口竜介監督の意図するところは、『悪は存在しない』の音楽を手がけた石橋英子の新作『Antigone』にも確かに通底するものがある。

反逆者として戦死した兄への弔意と、国家の定める法との間で判断を強いられるアンティゴネー。

明確に「怒り」や違和感を口にする一方、迷いや煮え切らなさを隠さない石橋英子が、このアルバムでギリシア悲劇の名を借りた背景にも「判断不可能性」が関係しているようだった。どのようにして『Antigone』が作られたのか、今、音楽と音楽家を取り巻くシステムや社会状況とともに語ってもらった。

※映画『悪は存在しない』パンフレットP.35参照

石橋英子(いしばし えいこ)
日本を拠点に活動する音楽家。ピアノ、シンセ、フルート、マリンバ、ドラムなどの楽器を演奏する。Drag City、Black Truffle、Editions Mego、felicityなどからアルバムをリリース。2021年、濱口竜介監督映画『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当。2022年よりNTSのレジデントに加わる。2023年、濱口竜介監督と再びタッグを組み『悪は存在しない』の音楽とライブパフォーマンスのためのサイレント映画「GIFT」の音楽を制作。2025年3月、Drag Cityより7年ぶりの歌のアルバム『Antigone』をリリースした。
石橋英子『Antigone』を聴く(各ストリーミングサービスはこちら

石橋英子が濱口竜介と共有する「怒り」とは

―以前、濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』(2021年)の取材で、石橋さんの創作の源泉に「怒り」があると聞いて、今回すごく怒っていらっしゃるなと思ったんですね。

石橋:そうですね。濱口さんの怒りも借りたところがありつつ、ひとつの形になったところはあるかもしれないです。

―映画『悪は存在しない』は、もともと石橋さんのライブパフォーマンス時に投影する映像として企画された『GIFT』の「サウンド版」として発展し、映画作品となったとうかがいました。それらの経験が今回の作品にも強く関係していますか。

石橋:ほとんど同時期に並行して作っていましたからね。『悪は存在しない』を見たときに、自分の思っていることや違和感が具体的に映像になって現れた爽快感があって、「濱口さんも怒っていたんだ!」と思う気持ちでそのまま映画の音楽を作ることができました。今作も作品のエネルギーの源みたいなものは通じている部分があると思います。

『悪は存在しない』と『GIFT』に関する石橋英子へのインタビュー記事はこちら(記事を開く

―濱口さんたちと社会情勢や政治、国際社会で何が起こっているかなど、そういったことを話されたりします?

石橋:あまり世界で起きている問題という大きなトピックではしないですが、生活につながるような話はしているかもしれません。

『悪は存在しない』で濱口さんと一緒にインタビューも受けるなかで感じたんですが、あの映画を社会的なものとして見た人も多かったようなんです。実際、おそらくそこまで社会的なものを描こうとしていたわけではないと思う一方で、生活と社会ってどうしても結びつきますよね。なので、結果的に社会的に捉えられるのもわかります。でも同時に外側に社会的な悪を設定したい人が多いのだなと思います。

―濱口さんの映画は、例えば資本主義やフェミニズム、人権など、社会的なものへのアングルを提示する側面がありますよね。

石橋:そうですね。でもそれは生活していたらどうしても自分の問題として考えざるを得ないですね。

―この『Antigone』にも、そういった意識の高まりがあるのかなと感じました。

石橋:どうなんでしょうね。この数年は日本にいないことが多くて、飛行機での移動中に読む本を探すときに、物語ではなく、ドキュメンタリーのような本を読みたくなって、ハン・ガンやタイの政治史に関する本を読んでいました。

そうしたことと同時に海外のいろいろな国に行くなかで、だんだんわかりやすい、みんなが捉えたい方向に世界が進んでいるのを肌で感じるようになって。戦争が起きたことのショックでもあると思うのですが、反対と声に出さなければ、賛成と同じ、というような考え方も。それはとても怖いことです。

そういったことは常に、前からあったことではあるんですけど、ここへ来て、いよいよというか……以前は予感程度のものが、今あれよあれよという間に人の命に関わるようなことになってしまった。コロナ以降の世界の下降具合はすごいですよね。

―そう思ってくれる人がいるのは心強いですよ。創作の構えとして、シリアスなものに向かうところがあったのでしょうか。

石橋:そういったことは考えていたけれども、音楽はもっと漂うようなものを作りたかったです(笑)。

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