5月に山形・文翔館で角銅真実Band Setのライブが開催された。山形を拠点に活動するクリエイター達と角銅の縁から実現した特別な一日を、山形在住のライターimdkmがレポートする。
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山形の重要文化財・文翔館に角銅真実がやってきた
角銅真実が山形にやってくる。しかもバンドセットで。しかも文翔館に。山口、京都、尾道、福岡、長崎をまわり、中国4都市ツアーを挟んでの東京、と続いたアルバム『Contact』のツアーに、山形が加わるという。

角銅真実(かくどう・まなみ)
音楽家、打楽器奏者。長崎県の山と川に囲まれ育つ。マリンバをはじめとする様々な打楽器、自身の声、言葉、さまざまな身の回りのものを用いて、楽曲制作やパフォーマンスなど自由な表現活動を展開している。自身のソロ以外に、cero、原田知世、満島ひかり、dip in the pool、滞空時間など様々なアーティストのライヴ・サポート、レコーディングに携わるほか、映画や舞台、ダンスやインスタレーション作品への楽曲提供・音楽制作も行っている。2022年、映画『よだかの片想い』主題歌「夜だか」配信リリース。2024年1月、4年ぶりのソロアルバム「Contact」リリース。
そんな『Contact × 山形』の会場である文翔館は、正式には山形県郷土館といって、山形県旧庁舎だった壮麗な建築物だ。国の重要文化財として観光スポットになっている一方、敷地内の広場は市民の憩いの場になっていたり、建物も催し物によく利用されている。実際、現地に早く着きすぎたライブ当日の昼下がり、広場では地域のお神輿が一休みしていた。法被姿の人たちや、それを見物に来た人たちにまじってコーヒー片手にベンチに腰掛けていると、これからここで角銅真実のライブを見るのか、と不思議な気持ちになった。

開演の1時間半前に開場した議場ホールでは、バンドがリハーサルをしていた。曲は“i o e o”。会場の中央部に設置された低くこじんまりとしたステージを取り囲むように、扇状に座席が設置されている。ステージ向かって左手には、角銅が演奏するマリンバ、オートハープ、小型のエレクトリックピアノ、ギターが並ぶ。そこから右へ順に秋田ゴールドマンのコントラバス、光永渉のドラムキットとパーカッション、古川麦のギター、そして巌裕美子のチェロ。くわえて、コラム型のスピーカーが5本、メンバーの影のように佇んでいる。

和やかなリハーサルを終えると、バンドメンバー一同はいったん退出。水の音と風鈴のようなチャイムの音が、SEがわりに会場に響きだす。
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ライブと併せて製本ワークショップが開催された理由
今回のライブは、アルバム『Contact』のツアーの模様を記録したアーカイブブックのお披露目もかねている。といっても、完成した本をずらりとならべるというのではなく、かわりに会場には簡易的な製本工房がもうけられ、ライブの前後には希望者が実際に製本することができるワークショップも開催された。

そもそも、このライブに至る経緯には、アーカイブブックが深く関わっている。アーカイブブックの制作に携わったスタジオ、吉勝制作所の吉田勝信は、山形県大江町を拠点とする採集者 / デザイナー / プリンター。企業のプロトタイピングプロジェクト(*)を通じて吉勝制作所と出会っていた角銅は、『Contact』ツアーの新しいグッズを、吉勝制作所と制作することに決めた。2024年10月には、大江町のスタジオに滞在してグッズの制作合宿も行った。そのまま、吉勝制作所、そして山形との縁がアーカイブブックの制作につながり、『Contact × 山形』に至る。
*吉勝制作所が参加したコクヨのヨコク研究所によるプロジェクト「GRASP “採集的リサーチ手法”のプロトタイピング」で制作されたアニメーション「Digest The World もうひとつの臓器」に、角銅がサウンドディレクション・音楽で参加。 GRASP『Digest The World もうひとつの臓器』

開演時間から少しだけ押して、ふたたび5人が入場する。さきほどリハーサルで演奏していた“i o e o”から、ライブはスタートした。つまびかれるギター、アップライトベースやチェロのピチカートにはじまり、ゆっくりと『Contact』の世界が議場のなかに満ちていく。
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「接触=contact」を意識させられるバンドセットの演奏
『Contact』というアルバムは、ボーカル曲からインストゥルメンタルまで、バンドの織りなすアンサンブルとグルーブが印象的な作品だ。変拍子が多用されたリズムの編み目が、漂うような歌のメロディの背景で繊細なテクスチャをつくりだす。一方で、ライブはむしろ、弱音からクライマックスまでのダイナミクスがより強調され、変拍子やポリリズムはよりいっそう躍動感を増す。
“i o e o”は、まさにそうしたライブならではの楽曲のひろがりを存分に示していた。続く“蛸の女”ではチェロやコントラバス、ギターで強いミュートを使った特殊な響きも効果的に用いられ、“theatre”ではリズムが三連とスクウェアなビートを行き来し、ダンサブルでありつつ緊張感にあふれた演奏がつづく。

ここで角銅によるMCタイムに入り、小休止。山形へ来ることになった理由を語りながら、当日バンドメンバー一同が着ていた衣装の紹介も。モノトーンで統一された衣装は、山形県寒河江市のニットブランド・BATONERの提供によるもので、角銅は同ブランドのシーズンイメージでモデルも務めている。BATONERも、吉勝制作所とならんで角銅と山形をむすびつける縁のひとつだ。
MC明けは、前作『oar』から“November 21”。目元を覆うマスクをつけた角銅が、ハンドマイクを手にステージ中央へ出て歌い出す。続いては『Contact』に戻り、インストの2曲が続けて演奏された。プログレやポストロックを思わせるアンサンブルが印象的な“Flying Mountain”は、ライブならではの弱音の表現がさらにドラマティックな展開をつくりだし、ミニマルミュージック的なリフの絡み合いからなる「鯨の庭」も、静謐な反復のなかで息を呑むような時間が流れてゆく。
多彩な奏法を交えた演奏を見ているうちに、ここで鳴らされている音の大半が、人と楽器との物理的なcontact、すなわち接触を通じてうまれていることに気付いた。パーカッションはもちろんのこと、弦楽器もまた、弦の抑え方やはじき方、こすり方によって多彩な音をつくりだす。たとえば巌のチェロがメロディアスで艶やかな響きのかわりに複雑な倍音やノイズを響かせ、光永のシンバルが黒板をひっかくような音をたてるとき、もっとも文字通りの意味での接触がこの空間をつくっている。それは『Contact』というアルバムを聴くのとはまた違う、このバンドセットならではの接触の発見でもあった。
