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【レビュー】クレイロ『Charm』ーーインディーポップの担い手が作り出す次世代のソウル

2024.7.25

#MUSIC

アメリカのインディーポップを担うミュージシャンとして注目されるクレイロの3rdアルバム『Charm』が7月12日(金)にリリースされた。

魅力、魔法を意味する「Charm(チャーム)」。同作はその言葉通り、恋、あるいは他人と気持ちが通じ合った時に感じるまるで魔法にかけられたかのようなチャーミングな瞬間を、アメリカの古き良きサウンドと彼女のポップネスを織り交ぜながら演出する次世代のソウルだ。

初の日本国内盤がリリースされることでも注目の同作を、ライターの井草七海がレビュー。

アナログな手法と機材が生み出す人肌の温度

「誰かと目が合って、ウキウキするような気分になること。体温が上がって赤らみ、頬に熱を感じるようなこと」。これはクレイロ(Clairo)がホストを務めるロンドン・ハックニー発のインターネットラジオ番組・NTS Radioで、今作のタイトルでもある「Charm(ing)」という言葉について語った表現だ。「Charm」には「魅力」という意味とともに「魔法」という意味もあるわけで、言ってみれば、恋、あるいは他人と気持ちが通じ合った時に感じるまるで魔法にかけられたかのような心地、を指しているのだろう。

クレイロ アーティスト写真
NTS Radioのアーカイブ(クレイロの発言は3分29秒あたり~)

メロディに漂う切なさ、手作り感のある丁寧なアレンジ、囁くような歌声、そして自らの内面に対する注意深い観察眼……そういう意味でクレイロは一貫して繊細なアーティストだとは思うが、3rdアルバムである今作ではその繊細な観察眼を、自らの肌や吐息の温度の変化へと向けていると言えそうだ。

先行曲“Sexy to Someone”は、まさにその象徴的なナンバー。マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)の『What’s Going On』(1971年)ような、とも言うべきか、ニューソウル風のビートが掻き立てる仄かな高揚感に、オルガンやメロトロン、スライドギターの音色に宿る柔らかな肌感と言ったら! シンセに至るまでアナログ機材や生楽器を用い、アルバムを通じてアナログテープで録音したそうだが、そこから生み出された「手仕事」っぽい音の感触と生のグルーヴが、まるで人肌の温もりに触れるような感覚を楽曲にもたらしているのだろう。

それと呼応してか、デビュー作ではオートチューンで加工さえされていたクレイロの淡々とした歌声もこれまでになく生っぽく耳元で響いているし、(プラトニックな意味でも)セクシーさを自らに許すリリックも相まって、そのウィスパーボイスに混じる吐息も、微かに艶っぽい熱を帯びているように感じられはしないだろうか。

内面の変化の様子を描き出すリリック

アルバムの他の楽曲をとっても同様に、リリックに描き込まれているのは、誰かと通じ合うことで内面に沸き上がる焦ったい気分やほろ苦さなど、自分の心身に起こる変化について、だ。とはいえ、他人から向けられる眼差しへの猜疑心をうかがわせるなど(例えば“Blouse”)内省的な印象の強かった前作『Sling』を思うと今作での彼女のこうしたマインドの変容は意外にも感じたのだが、いずれにしても、YouTubeのアルゴリズムでバイラルしてしまったというシーンへの登場の経緯や、父親のコネで業界に持ち上げられたのではといった誹謗など、周囲からの意図しない視線を潜り抜けていく中で彼女が自身の身体と心を禁欲的に律していた部分がこれまではあったのだとも、翻って改めて理解することができる。

だからこそ、<ときどき ある人にだけセクシー / 望むのはそれだけ>(“Sexy to Someone”)とも歌われるように、今作は自身の心身(セクシャルな側面も含め)の解放を、段階的に自分に認めていくプロセスそのものだとも位置付けられるだろう。

ヴィンテージサウンドとポップネスが演出するチャーミングな瞬間

音楽的な参照元としては、ハリー・ニルソン(Harry Nilsson)やブロッサム・ディアリー(Blossom Dearie)の名前が挙げられている今作。室内的なサウンドメイクも含め、1960年代後半から1970年代のソウルやソフトロック(サンシャインポップ)からの影響はもちろん強く感じ取れる。が、それと同時に、緻密さと余白が程よく同居する甘やかなアレンジにはブリルビルディングサウンドも彷彿とするし、あるいはシンガーソングライターとしてのキャロル・キング(Carole King)が頭を過ぎる瞬間もある。

また“Second Nature”ではドゥーワップ風のコーラスが登場するなどオールディーズへのオマージュも垣間見えるのが面白く、テープ録音のくすんだ音像の中に、古きアメリカンポップスを広く掻い摘みながらキラキラとしたポップネスを埋め込むことで、胸高鳴る「チャーミング」な瞬間を演出しているのが秀逸だ。

https://www.youtube.com/watch?v=mU8IqUb_dWs

ちなみに、そのサウンドメイクとアレンジに貢献しているのが、共同プロデューサーのリオン・ミシェルズ(Leon Michels)。ヴィンテージソウル志向のレーベル「Big Crown」のファウンダーであり、ニューヨーク・ブルックリン拠点のバンド・El Michels Affairのリーダーでもあるが、実はそのバンドメンバーもほぼ全編に参加しており、ソウルやジャズをソフトかつオーガニックに落とし込む、絶妙に肩の力の抜けた演奏技術にも舌を巻く(バンドメンバー数名はコンポーザーとしても参加)。なお、プロデューサーを迎えるにあたっては、ミシェルズと仕事をしたいとクレイロ自らコンタクトをとった(参照)とのことで、今作のこうした路線は裏方の男性にコントロールされてのことではないということも、あえて書き添えておきたい点だ。

喩えるなら、体温が0.3°Cくらい上がるような ──ときめきを抱いた瞬間に肌がほのかに熱を帯びるのを知覚した時のあの感じ ──。自分自身の感覚のささやかな解放と再発見を、隠微なニュアンスと甘美なディティールを孕んだソフトなソウルミュージックとして提示している今作は、インディーポップとしてのみならず、オルタナティブなソウル〜R&Bと近い感性をも内包しているように感じる。年末にはおそらく、今年の重要作として名前の挙がるアルバムになるだろうが、DTMが当たり前の時代にあって若いアーティストによるアナログな「人肌感」がむしろ新鮮に響く時代の価値観の変化にもまた、面白さを感じる作品だ。

https://open.spotify.com/intl-ja/album/1KNUCVXgIxKUGiuEB8eG0i

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