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バストリオの体験レポート 「演劇ではない」と言われる舞台の、実態と楽しみ方

2025.5.28

#STAGE

芸術やジャンルといったものではなく、感覚を信頼している

あらゆる感触の濃度を体感し感触に撫でまわされたのちに、「わたしたちは一度しかない」という文字がスクリーンに映し出され、上演は終わりへと加速していく。トーキョーどころか、これはもはや地球の話。グッドモーニングどころか、これはもはや生きることそのものについての話。観ていてつくづく思うのは、彼らは演劇なるものが無条件に「ある」なんて微塵も思っていないということ。漫然と、演劇を始めていない。演劇の内側ではなく外側に立ちながら指先で触れ、それを決して「イベント」なるものとして捉えずに、どこからどこまでが演劇としてあり得るのかを探っているようだ。彼らは、芸術やジャンルといったものではなく、感覚を信頼しているのである。

上演後、ふと床を眺めると、たくさんの紙やプラスチック片が散乱している。壮観だ。これはつまり、「皆がそこにいた」という痕跡なのだろう。バストリオの演劇が視覚的残響として身体に刻み込まれ、時間そのものの堆積として床一面に散らばる。誰かがここで動いた。誰かがここで失敗した。誰かがここで歌った。そういった生の痕跡の集積として、物質的証明として、モノが記憶を引き受けている。ゆえに、こうも言えるはずだ――彼らのパフォーマンスは「今」この瞬間の蓄積でありつつ、演劇を終えたあとの舞台こそが最も雄弁であると。

つまるところ、バストリオは、存在とは「意味」よりも「今この瞬間の蓄積そのもの」であると言っている。約100分の間、何人かが身体を動かし声を上げつづけていたという蓄積。ひいては、15年の間、バストリオがパフォーマンスの継続を通して試行錯誤を積み上げてきたという蓄積。散らばった紙も、ちぎれた布も、ずれた床面も、決して「記念碑」にはならないという、壊れかけたままのモノたち。それは、死後の遺品にも似ている。誰かが笑ったことや苦しんだこと、生きたことの意味は伝わらなくても、その人が触れていた茶碗や本や、あれやこれやは後に残る。意味を喪ったモノが、人が「いた」という証拠として世界に取り残されるということ。観客は、それを前にして「何があったのか」ではなく、「確かにあった」という実在の質量に打ちのめされるのだ。バストリオは『トーキョー・グッドモーニング』で、ポストストーリー / ポストドラマの時代における新しい追悼のかたちを唱えているのである。

人が生きていると、時間は、確実に「体積」としてその場に溜まっていく。触覚的記憶として、舞台が観客の内部に沈殿していく。そう考えると、バストリオのパフォーマンスとは、演劇という形式がその都度やり直される過程を、観客が偶然共有してしまうことだと言える。形式は完成されず、意味は結ばれない。物語ではなく、構造でもなく、「まだ演劇になっていない何か」の息づかいだけが私たちの身体に染み込んでいく。その生成未満の揺れを、私たちは感触として受け取るしかない。

『トーキョー・グッドモーニング』とは、演劇の可能性そのものが、壊れかけた形式のなかから一瞬だけ立ち上がる、その決定的に不確かな瞬間のことなのだ。それは、演劇という形式がすでに抜け殻であることを静かに肯う身ぶりであり、その「ふり」をして別の何かを立ち上げている一部始終でもある。だとすれば、今日における演劇とは一体なんだったのか? もう、誰にも確かめようがない。ただ、あの朝のように、水は流れ続けている。

バストリオ『セザンヌによろしく!』

【作・演出】今野裕一郎
【出演】黒木麻衣、坂藤加菜、中條玲、橋本和加子、本藤美咲、松本一哉

会 期 2025年6月1日(日)〜6月8日(日)
会 場 調布市せんがわ劇場

6月1日(日)18:30〜◉☆
6月2日(月)19:30〜◉☆
6月3日(火)19:30〜◉☆
6月4日(水)14:30〜/19:30〜
6月5日(木)19:30〜
6月6日(金)19:30〜☆
6月7日(土)13:30〜/18:30〜☆
6月8日(日)14:30〜
受付開始・開場は開演の30分前[全10公演]
◉:早割
☆:アフタートーク

6月1日(日)18:30〜 ゲスト:横浜聡子(映画監督)
6月2日(月)19:30〜 ゲスト:山本貴愛(舞台美術・衣裳デザイナー)
6月3日(火)19:30〜 ゲスト:佐々木敦(批評家)
6月6日(金)19:30〜 ゲスト:古川日出男(作家)
6月7日(土)18:30〜 ゲスト:荘子it(Dos Monos)

特設サイト:https://www.busstrio.com/say-hello-to-cezanne/

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