メインコンテンツまでスキップ
NEWS EVENT SPECIAL SERIES

『あんのこと』入江悠監督×高橋ユキ対談 悲劇の事件を作品として扱う難しさと覚悟

2024.6.10

#MOVIE

実話をどう脚色するか。つくり手たちが抱える葛藤

高橋:これまで実際の事件を題材にされたことがなかった監督が、なぜこの作品をやろうと思われたのか、そこが一番気になります。

入江:まず、コロナ禍というものをきちんと残しておきたかったんです。あのときみたいに、社会に閉塞感が充満することが、個人的にすごく怖いんですよ。僕自身、強いつもりでいたんですけど、意外と追い込まれてるなと、当時思って。フリーだから会社の人から連絡が来るわけでもなく、急に1人ぼっちになるじゃないですか。身の周りにも何人か亡くなった方がいて、人ってあっという間に孤立して追い込まれていくんだと思いました。1人親で子どもを育てている人とかは、急に学校が休みになったりしてどうなるんだとか、そういうことをすごく考えていたんです。

それともう1つは、杏みたいな子と、僕も街のどこかですれ違っていると思うんです。自分が見ないようにしていた存在について、もっと知りたいという思いがありました。でも、杏のことが最初は全然わからなくて。演じた河合優実さんのほうが杏と世代が近いので、「どういう人だと思いますか」と聞きましたね。

河合優実演じる主人公・杏 / 『あんのこと』場面写真より © 2023『あんのこと』製作委員会

高橋:監督ご自身の頭の中に丸々イメージがあるというよりは、つくり手同士で補完し合いながらつくられたような感じだったんですね。

入江:そうなんです。ぼやっとしたイメージに、なんとか近寄りたいという気持ちでした。そういうつくり方をしたのは初めてで。自分の頭の中にあるイメージを押し付けて描くことは、今回一切しないようにしていました。ノンフィクションって、起きたことは変えられないじゃないですか。それにかなり近いと思うんです。つくり手として、「自分にはこういう風に見えた」というような距離感でいました。

─高橋さんは普段記事を書かれるとき、どんな部分に心を配られていますか?

高橋:実際に起きたことは1つでも、関わる人によって視点も解釈も全然違います。だから自分がそれを後から見て「こうだ」と思って書いても、「思ってるのと違う」という方が絶対にいたりするので、誰からも不満を抱かれないようにすることはすごく難しいですね。でも常に「これはちょっと大げさすぎないか」とか、「こう書いたら面白いのはわかるけど、実際にそう思ってないんだからやめよう」というのは、すごく気を付けていますね。

入江:そういう意味で言うと、フィクションの場合はストッパーがないので、どこまでも面白くし続けられるんです。でも今回は現実があるから、自分がなにかを足しすぎてはいけないなと思いました。

高橋:だからこそリアリティーがあったのかな。作品を観る前に個人的にすごく気になっていたのは、多々羅の取り扱いです。功績だけを描いていい人のままにするのか、彼の逮捕まで扱うのか、どうなるんだろうって。色々な事件についての問い合わせが自分に来るんですけど、いい面だけ取り上げて、悪いところはあまり描かれないこともあります。でもそうじゃなかったから、それ込みで現実感があるなと思いました。

入江:個人的に、いわゆる聖人君子や立派な人を映画で描くことに興味がないんです。本当は佐藤二朗さんに演じてもらったシーンをもっといっぱい撮っているんですけど、最終的にはやっぱり杏の話に集約したいと思って、色々落としました。

佐藤二朗演じる刑事・多々羅 / 『あんのこと』場面写真より © 2023『あんのこと』製作委員会

─多々羅の描き方について言うと、実際には、杏のモデルとなった方が亡くなったあとに、劇中の多々羅にあたる刑事は逮捕されていますが、本作では、多々羅が逮捕され、その後杏が孤独を深めていくという時系列でしたね。ともすると、性被害を告発した人がいて、彼が逮捕されたことが、杏が亡くなってしまった遠因と取れなくもない難しいバランス感の描写ではないかと感じました。

入江:そうですね、実際は彼女が亡くなったあとに逮捕されています。この映画のきっかけになった記事を書いた新聞記者の方にもお話を聞いたんですけど、彼女が亡くなったあと、彼が号泣していたそうなんです。そういう事実を聞くと、引き裂かれたりもして。

高橋:人間って1つだけじゃない、いろんな面がありますよね。

入江:僕なんかより、高橋さんのほうが色々な傍聴などに行かれているなかで、そういうことを見ているんだろうなと思います。

RECOMMEND

NiEW’S PLAYLIST

編集部がオススメする音楽を随時更新中🆕

時代の機微に反応し、新しい選択肢を提示してくれるアーティストを紹介するプレイリスト「NiEW Best Music」。

有名無名やジャンル、国境を問わず、NiEW編集部がオススメする音楽を随時更新しています。

EVENTS