6月18日、東京・恵比寿ガーデンホールで渋谷慶一郎によるアンドロイドオペラの日本公演が6年ぶりに開催された。日本初演の『MIRROR』を含む2作が上演され、チケットは早々にソールドアウト。一晩限りの貴重な凱旋公演を、ライターの神保勇揮のテキストとオフィシャル提供の写真でお伝えする。
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『Super Angels』抜粋版と『MIRROR』の二部構成
6月18日、恵比寿ガーデンホールにて渋谷慶一郎の作曲 / プロデュースによるアンドロイドオペラ『Android Opera TOKYO – MIRROR/Super Angels excerpts. 』が開催された。

『MIRROR』は、アンドロイド「オルタ4」の歌声とオーケストラ、1200年の歴史を持つ仏教音楽 / 声明を唱える僧侶、渋谷自身の演奏によるピアノ、電子音楽、映像、照明によって構成される大規模な劇場作品。2022年に『ドバイ万博』にて発表、翌2023年には70分の作品として再制作し、パリ・シャトレ座での初演を経て今回が日本初演となる。出演者 / スタッフの数が総勢180名にも上る大規模なコンサートだ。
アンドロイドオペラの公演は本作が初めてではなく、2017年にオーストラリアでプロトタイプを公開し、翌年2018年に日本科学未来館で発表された『Scary Beauty』に遡る。当時の機種名は「オルタ2」だった。一連の取り組みはロボット学者の石黒浩(大阪大学教授)、人工生命の研究者である池上高志(東京大学教授)らとタッグを組み、世界各地で公演や制作を繰り広げながら機体やプログラムを磨き上げ続けている。『Scary Beauty』ではオルタ2がオーケストラの指揮も執っていたが、オルタ4に進化した今では指揮者を置かず細かなキュー出しは渋谷が行い、オルタ4はほぼ歌手 / パフォーマーに徹するかたちとなっている。

本公演は二部構成。第二部での『MIRROR』上演に加えて、第一部では公演日が近づくなかで突如制作された、渋谷とオーケストラ、オルタ4による新曲“この音楽は誰のものか?”に加えて、障がいの有無に関わらず参加できる、子どもを中心としたコーラス隊「ホワイトハンドコーラスNIPPON」とコラボしたオペラ作品『Super Angels』の抜粋版として2曲が披露された。
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目と耳から全身に染み渡る、ホワイトハンドコーラスNIPPONとオルタ4の合唱
ホールに入ると、渋谷によるサウンドインスタレーション作品『Abstract Music』に重なるオーケストラによるサウンドチェックが客入れBGMのようにも聴こえるなか、スポットライトを浴びるオルタ4がわずかに上下し続けている。スピーカーはステージ左右に加えて、客席の真ん中あたりに球体のものが左右1台ずつ吊り下げられ、さらに客席最後方にも左右2台ずつ設置されており、音響面でもかなりこだわった設計がなされているのだろうと感じさせる。
コンサートマスターのバイオリニスト・成田達輝が入場し、公演がスタートする。“この音楽は誰のものか?”は、GPT(※)によって生成されたオーケストラの音群を渋谷が加工 / 編集して作曲され、演奏時にオーケストラのメンバーはスコアで強弱は指定されているものの、フレージングは各メンバーに委ねられている。渋谷、AI、オーケストラそれぞれがアウトプットに介入するというコンセプトの楽曲だ。個人的にはロックバンドのライブにおけるノイズパートの模様に近いというか、各楽器隊ごとに分かれて思い切り「ゴオオオオオオ!」と轟音を鳴らしあう、迫力ある演奏に感じられた。
※OpenAIが開発した大規模言語モデルで「Generative Pre-trained Transformer」の略称。『MIRROR』で披露される楽曲の作詞でも全11曲中、8曲で使用している
続けてファッションブランド「HATRA(ハトラ)」制作のローブを身にまとった、ホワイトハンドコーラスNIPPONのコーラス隊約30人が入場し“箱の中に何がある?”“五人の天使”を披露。同グループは声で歌う声隊と、聴覚障がいのあるメンバーが手話で表現するサイン隊で構成される。楽曲のメロディは、簡潔で譜割がはっきりした、エレクトロニカ合唱曲とも言えそうなものに感じられたが、その声の塊が単なるボーカルエフェクトだけとも違う気がする、脳内に直接入り込む、あるいは全身に染み渡ってくるような感覚を覚える。これが先述した、観客を360度包み込むサウンドシステムの効果なのだろうか。


サイン隊の手話は決まった振り付けがあるが、動作のスピードや強弱は個々が振動を感じ取り、リズムを取るため各自で異なる。だがそのおかげでメンバーそれぞれの個性や熱量を感じ取れるため、より力強いパフォーマンスになっている。“箱の中に何がある?”の歌詞はパンドラの箱がテーマ、“五人の天使”は天使による救済がテーマとなっており、オーケストラによる壮大な演奏も相まってどんどん作品世界に引き込まれる。第一部は20分ほどで終了し、早い幕間となったが、近くの座席からは早くも「凄いものを観せてもらったな……」と感嘆の声が漏れていた。

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アンドロイドとAIという終わらない存在と、終わりに向かう世界を祝福する
休憩を挟んでいよいよ『MIRROR』上演を迎える。来場者向けパンフレットに掲載された渋谷のコメントでは、同作品を制作する意図をこのように表現している。
世界は刻々と終わりに向かっている。この作品はその終わりと終わりの後のシミュレーションとバリエーションで出来ている。(中略)仮に世界が終わったとしても、その過程とその後が美しければいいじゃないか?それを想像してアンドロイドとAIという終わらない存在と祝福することが現在の人間に出来ることではないか?それを舞台作品として提示することが作曲家という概念も終わりに向かいつつある中で僕に出来ることではないか?
『MIRROR』は、鑑賞者の情報処理能力を飽和させてしまうほど密度が濃い作品だ。オーケストラによる演奏、4人の僧侶が唱える高野山声明、オルタ4の動作と切ないメロディの歌唱、スクリーンに投影される映像、ほぼ全ての歌詞で「人間とは何か、感情とは何か、機械と人間の違いは何か」を問いかける英語詞の和訳字幕を観て、聴いて、感じて、渋谷たちが提示する「世界が終わった後の音楽」に私たちは何を思うのか。それらを一切忘れて没入したい気持ちと、これだけの材料を用意してもらって何も考えなくてよいのかという気持ちがせめぎ合う。



