カプセルの中に作品がある。ロッカーを見ても作品がある。シャワールームやトイレにまで展示が続いている。東京・神田錦町の旧カプセルホテルで開催中の『Tokyo Jazz Club』は、建物の隅まで気になるイベントだ。細長い通路の先にも、屋外にも作品が置かれている。ホテルの名残を眺めるつもりが、うっかり展示を見逃しそうになる。
11月1日から8日(日)まで、旧ナインアワーズ大手町の全8フロアを使って初めて開催されている同イベント。現代アートや音楽、パフォーマンスを楽しめるほか、最上階にはバーもある。ジャズクラブという名前だが、音楽が流れる階のすぐ上には、静かに作品を観る階がある。さらに上がると、今度はマルバツゲームが目に飛び込んでくる。いったいどんな場所なのか。写真と動画を撮りながら会場を巡った。
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ジャズクラブだけど、まずはホテルを探検

会場には、ここが宿泊施設だったことを思い出させるものが、あちこちに残っている。白いカプセルにロッカー、洗面台。足元の数字は、かつてカプセルの位置を示していたのだろうか。表示を見ていると、この場所で荷物をしまったり、寝床を探したりしていた人の姿が浮かんでくる。
その設備を避けるどころか、使いながら作品が展示されているのが面白い。ロッカーの中にも、シャワールームにも、という具合なので、正面の壁を見ているだけでは足りない。細い通路まで展示に使われ、建物全体に作品が入り込んでいる。展示室とそれ以外の場所を、頭の中で分けて歩くことが難しい。
コンパクトな区画が続くため、一度に全体を見渡すこともできない。その先に何があるのかは、近づいてからのお楽しみ。すっきりと整った美術館の展示室とは、作品の探し方からして違う。かつてのホテルの設備と、そこに加わったものを見比べるだけでも、なかなか先に進めない。
そもそも、なぜジャズなのだろう。ファウンダーのロビー・オクダ・フィッツパトリックとヤエル・サロモノウィッツは、質問にこう答えている。
このプロジェクトにおいて「Jazz」は、音楽のジャンルというよりも、ひとつの思考のあり方を意味しています。
ロビー・オクダ・フィッツパトリック、ヤエル・サロモノウィッツ / NiEW編集部の質問への回答より
ジャズ喫茶やリスニングバーなど、日本の音楽文化とのつながりに加え、即興や協働、互いの音を聴く姿勢を大切にしているという。スイスのBasel Social Clubの実験精神を受け継ぎつつ、東京の文化に根ざした場所をつくる。決まった設計図に人を当てはめるのではなく、参加者がそれぞれの声を持ち寄る、という考え方だ。そう聞くと、フロアごとに違う表情があることにも納得がいく。
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目を閉じて観る作品と、取引がつくる彫刻
ホテルらしさがひときわ濃いのが2階。宿泊用のカプセルが残り、その小さな空間が作品の展示場所になっている。人が横になるための白い寝床に、映像や装置が収まる光景は、ここならではだ。
村本剛毅の『Imagraph』も、そのひとつ。作家の解説によれば、閉じたまぶたを通して映像を届ける光学装置である。映像を観るのに、目を閉じる。仕組みを知るだけでも、いつもの鑑賞とは勝手が違いそうだ。

まぶたを通った光は身体の血色の影響を受けるため、あらかじめ映像の色を補正して投影する仕組みだという。普段は外の景色を遮るまぶたが、映像を受け取る場所になる。今回の展示ではホテルのカプセルが作品を囲む。眠るための場所に、目を閉じて観る作品があるのだ。その取り合わせにも興味を引かれた。
同じ階にある0xfffの『Transaction Sculpture』は、画面上の表現が建物の外のネットワークとつながった作品だ。イーサリアム(※)で行われる価値の移転を視覚化していると説明されている。
※イーサリアム:管理者を持たずに、世界中のコンピュータが協力してプログラムや契約を自動実行できるプラットフォーム

主催者の発表によれば、取引の動きに応じて表現が変化し続けるという。彫刻と聞いて想像する石や金属とは、ずいぶん違う素材だ。取引という目に見えない動きが、画面上の表現に結びついている。画面の背後にある取引まで知ると、見え方も変わってきそうだ。
2階だけでも、まぶたの向こうと、ネットワークの向こうへ話が広がる。それを収めているのが、かつて人が寝泊まりしたカプセルホテル。身近な設備と、普段は意識しない仕組みが、同じ場所に並んでいる。
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3階のアップテンポな音楽から、4階の静けさへ

3階は、部屋が細かく区切られているのが楽しい。隣に何があるのか、見えている範囲だけではわからない。区画ごとに絵や立体が並び、場所を移るたびに違う展示が現れる。ホテルの中に、いくつもの小さな展示室が入っているようだ。
公式には、レコードやウイスキーを楽しむリスニングラウンジとして案内されているフロア。ただ、取材時に流れていたのは、思いのほかテンポの速い音楽だった。ジャズという名前から思い描く雰囲気を、軽々と飛び越えてくる。むしろ、このままトランス状態に入りそうだ。
音楽の流れる部屋を巡っていると、作品だけを観に来たのか、音を聴きに来たのか、その区別もあまり気にならなくなる。目の前の展示に目を向けながら、耳には次々と音が入ってくる。ここでは、音楽も含めてフロアの印象が残った。

ところが、ひとつ上の4階ではBGMがなくなる。さっきまでの勢いが嘘のように静かだ。公式にも静寂のフロアとされている場所で、作品を観ながら自分の内側に目を向けるような感覚があった。階がひとつ違うだけで、これほど空気が変わるとは。
同じ建物の中で、にぎやかな場所と静かな場所が切り替わる。その違いは、展示されている作品のジャンルだけでは説明しきれない。音があるかどうか、壁でどのくらい区切られているか。会場のつくりや使い方が、作品と一緒に記憶に残っていく。
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プリンスの映像と、ロッカーの中の展示

5階では、映像の前に椅子が用意されていた。あちこちをのぞき込みながら歩いてきたところに、腰を落ち着けて観る場所が現れる。各階を巡るうちに、鑑賞する姿勢も変わってくる。
展示されているアーサー・ジャファの『Structural Mutiny_ Prince』は、2025年制作、12分52秒の映像作品。所蔵元のAkeroyd Collectionによると、観客が撮影したプリンスのパフォーマンス映像をもとにしている。鍵盤から離れて踊る、短い場面が作品の出発点だ。
ライブの映像だからといって、演奏を最初から最後まで見せる記録とは違う。短い場面の反復や、音量、画面の切り取り方によって、見る側の注意を動かしていく作品である。何が映っているのかだけでなく、同じ場面がどう見せられるのかにも目を向けたい。

この階ではロッカールームも展示に使われている。公式発表によれば、パリのコンセプトストアItem Idemが、さまざまなアーティストの限定エディション作品を紹介する場所だ。開いたロッカーの内側に品々が並ぶ光景は、普通の展示台にはない面白さがある。一つひとつが細かく区切られているので、つい隣の扉の中まで目が行く。
宿泊客が荷物をしまっていた場所を、今は来場者がのぞき込んでいる。設備は同じでも、その前に立つ人がすることはずいぶん違う。こうした展示は、作品と建物を別々に見るより、一緒に写したくなる。
なお、6階は会期中のライブパフォーマンスの中心となるフロア。クリスティン・サン・キムによる壁画を背景に、さまざまなプログラムが行われるという。展示に加え、時間によって起こる出来事もある。訪れる際は、公式のプログラムも確認しておきたい。