江頭誠の個展『アーティスト・プロジェクト#2.09 江頭誠 夢見る薔薇 〜Dreaming Rose〜』が、埼玉県立近代美術館で始まった。
江頭は2015年、原寸大の霊柩車を発泡スチロールで造形し、戦後の日本に普及した花柄毛布で覆った立体作品『神宮寺宮型八棟造』で「第18回岡本太郎現代芸術賞」特別賞を受賞し、その名を美術愛好家らに知らしめた。
花柄毛布を用いた作品制作を始めてから10年が過ぎ、展示空間には江頭の思考の軌跡といえるものが表現されている。さらには展示空間の外となる、地下1階から地上3階までを貫く吹き抜け部分にも花柄毛布がかけられるなど、美術館では珍しい光景を展開。作家のコメントを交えながら、展示を観ていきたい。
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きっかけは友人の「ダサい」のひと言
三重県出身の江頭誠は、2011年の多摩美術大学美術学部彫刻学科への進学を機に上京。一人暮らしを開始した。ある日、部屋に遊びに来た友人から言われたひと言が、江頭独自の表現が生まれるきっかけとなった。
「寝るときに花柄毛布を使っていたんですが、部屋を結構かっこよく見繕ったつもりが、その花柄毛布が浮いていたらしくダサいと言われたんですね。それまで花柄毛布に対して何も考えていなかったんですが、東京の人にはそれがダサく見えるんだ、みたいなことを思って。僕は結構、人からの意見だったり、目線だったりに対して“気にしい”なんです。ダサいと言われたらダサいのかなと思ったり、あと、その毛布は上京するときに母親が用意してくれたものだったので、それをいじられたことに対してモヤモヤしたり、その言葉がずっと残りました」

1986年三重県出身。2011年に多摩美術大学美術学部彫刻学科を卒業。2015年、『神宮寺宮型八棟造』で「第 18 回岡本太郎現代芸術賞」特別賞を受賞。翌年、毛布で洋式トイレの個室を形作った『お花畑』で『SICF17』のグランプリを受賞する。近年の主な個展に、2025年『キャッチ&テイク』(Otherwise Gallery)、『おふとん遊泳』(亀戸アートセンター)、2024年『どこでもいっしょ~安心毛布 BIG ミニ四駆~』(5450 THE GALLERY)など。BIWAKOビエンナーレなど芸術祭への参加のほか、音楽アーティストYUKIのMV“My lovely ghost”やGUCCIのショートフィルム『Kaguya by Gucci』のアートワーク、アパレルブランドのショーウィンドウのデザインなど、幅広い活動を続けている。

そして大学の卒業制作で、花柄毛布を使って大阪城を制作した。ダサいと言うのなら、逆にそれを表現に用いてしまおう——モヤモヤした感情を作品に昇華させ、以来、江頭は花柄毛布を素材として扱うようになった。すると、卒業と同年に制作した作品『神宮寺宮型八棟造』で『第18回岡本太郎現代芸術賞』特別賞を受賞。翌年には、花柄毛布で洋式トイレを形作った『お花畑』で『SICF17』のグランプリに輝いた。「アートコンペで受賞歴をつけることで、美術館などにも呼んでもらえるのではないか」と考えた江頭にとって、幸先のいいスタートとなった。
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花柄毛布で身の回りのものを再現

展示室の入口横に設置されたのは、パチンコ店などの開店祝いを想起させる花輪。花柄毛布で作られた造花という、二重の花使いが誘い水のようになって来場者を江頭の世界へと迎え入れる。そこから、西洋彫刻や西洋絵画をモチーフにした作品群が最初に展示されており、美術の殿堂に置かれるような作品も花柄毛布で包まれると、一気に親しみやすいものに変わる。それは、西洋風の暖炉やシャンデリアも同様だ。江頭はこの花柄毛布を用いた制作を「硬いものを柔らかくしていく行為」のようなものだと話す。

「僕は三重県の田舎出身なんですが、地元にはヤンチャな先輩とか同級生とか後輩がいて、町を歩いているとよくぶつかってきて絡まれていたんです。それで高校に入ってから、先輩にもらった短い学ランとか太いズボンを穿くようになったんですが、そうしたら急に絡まれることがなくなりました。でも、実際に強くなったわけではないし、本当の安心を手に入れたと言えるわけではないと思うんです」
彫刻を専攻した江頭が、マッチョな石膏の彫刻などに見たのは、西洋美術のど真ん中の表現。そのフォーマットにのっとって作品を手がけた場合、どれだけ技術が上がったとしても、それが江頭のオリジナルな表現であるかというとおそらくそれは難しい。西洋美術の威を借りて制作したに過ぎないと言えるだろう。展示室を進んだ先の床に並べられたトロフィーの数々も、やはり自分本来の表現を行うとはどういうことであるかを考えた末に生み出された。


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自分を強く見せようとしていた鎧を脱ぐ表現
「トロフィーの受賞歴にすがっているようではダメなのではないか、本人が面白くなければ意味がないのではないか。そんなことを考えてトロフィーも花柄毛布で包んで床に置き、土産物屋で売られている『根性』とか書かれたお土産をモチーフに、発泡スチロールで大きく作って軽やかにしました。そして、自分を強く見せようとして着ていた鎧は、自分を縛るだけのものなので、それを脱ごうと思ったんです。床に置かれているマッチョの肉襦袢みたいなものは、パーティーグッズとして売られているものを毛布で包んだ作品ですが、そうした鎧を脱いで脱皮することを表現しました」

威厳や格式などを、ユーモアを交えながら批評的な視点で捉え直す江頭の手法から生まれた作品の数々。「でも、それだけでは今まで通りの展開なんです」。何かを否定したり、疑問を提示するのは簡単だと考える江頭は、本当に自分が好きなことや本物の安心を自分のやり方で表現するために何ができるかを熟考した。出てきた答えが「絵画でも彫刻でもなく、自立する絵画のような屏風。今まで背景になる作品を多く作ってきて、屏風もまた式典などの際、主役の背景の役割にもなる。その屏風を今度は鑑賞者に主体的に目を凝らして何かを探しながら見てもらえるものを作りたいと思った」だった。


「展示冒頭の彫刻や絵画がモチーフの作品に使われた花柄毛布の、切り取られて残った余白の部分を再構成し、捨てるはずだったものを最後に主役として持ってこようと考えました。花が切られ、穴の空いた毛布でできた屏風の隙間からは、僕が飼いたいと思っていたワンちゃんが覗いていたり、手前に鳥がいたりして、ジャングルのような感じになっています」
造花やおもちゃの動物など、すべてが偽物で作られた屏風。それは見立ての空間であり、「本物に近づこうとして作られた偽物を愛おしく思う」という江頭の趣向が反映された世界だ。

