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日記に綴られた戦争と日常。本作が垣間見せる坂本龍一という芸術家の姿
─坂本さんは、2000年代以降、環境問題や国際政治について積極的に発言し、実際にアクションも取っていました。そういったアクティビストとしての坂本龍一を、映画の中でどの程度描くか、バランスに悩みませんでしたか?
大森:映画の中で、社会問題をどの程度描くかという点については、そのことについて恣意的にならないよう、日記の記述が残っていれば映画に出す、残っていなければ出さない、という基準で制作を進めました。
また坂本さんは「アクティビスト」というより、「アンガージュマン(engagement)」という言葉のほうがしっくりくる気がします。アンガージュマンというのは、フランスの哲学者・サルトルが提唱した社会参加についての概念です。それは、単に政治に関心を持つことではなく、「自らの行動が社会にどのような影響を与えるかを自覚し、積極的に関与していく姿勢」を意味するものです。
坂本さんは芸術家として社会問題に関わり、あるいは能動的に巻き込まれていった。自らの表現を通じて社会に働きかけ、行動し続けた。この社会に生きているなら、社会に関わらざるを得ないから、それは自然なことだ、と。
─ウクライナ侵攻がはじまった日の日記の記述と、実際の市街戦の映像が重なるシーンがありますよね。個人の人生も、世界史の上に成り立っているというのがよくわかる演出だと思いましたが。

大森:ウクライナの映像も、映画で使うには権利的にかなり難しかったのですが、坂本さんの日記に書いてあるなら、入れる必要がある。それは東北の津波の映像もそうで、被災者の方と話し合った上で、収録することに踏み切りました。どちらもショッキングな映像なので、映画の冒頭で注意のアナウンスは入れています。
─日記にはシリアスな話題だけではなく、みかんやケーキなど、闘病中のちょっとした食事の話も度々出てきますよね。「納豆、キムチ、どら焼き、お茶、これだけでいい」とか。
大森:ピュアというか、人としての自然な部分ですよね。やはり残された時間のことを考えると、何気ない食べものもすごく美しく見えたのかもしれません。もっとも、死を見据えた坂本さんが語っている言葉が若年の自分が本当に理解できるのは、もう少し先になるのかな、とも思います。自分の年齢では、まだちょっとリアルにはわからない部分もありますね。
