村井理子『兄の終い』を原作とする映画『兄を持ち運べるサイズに』が、2025年11月28日(金)より公開となる。
『兄の終い』は、何年も会っていない兄が急死したという報せを突然受けた著者の、その後の4日間の顛末について綴ったエッセイだ。映画では、著者の村井を柴咲コウが、兄をオダギリジョーが演じている。
中野量太監督は、このノンフィクションエッセイの精神をどのように汲み、劇映画に昇華したのか。また、原作者・村井は、自身の私的なエピソードや想いが、物語として「スター」たちによって演じられるのを、どのように受け止めたのか。二人に聞いた。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
「映画の中で、私の名前が呼ばれることが多いので、ドキっとしましたね」(村井)
ーまず監督にお聞きします。『兄の終い』を映画にしたいと思ったのは、どんなところだったのでしょうか?
中野:原作には、人が亡くなってその後どうするかという悲しい話が書かれているんですけど、その中にも、ほっこりしたりとか、くすくす笑っちゃったり、そうかと思ったらぐっときて感動するところもあって、僕の描いてきた世界に近いものがあると思いました。最初に読んだ際、途中からはもう「僕だったらどう映画化するかな」と考えながら読んでいましたね。

映画監督。1973年7月27日生まれ。京都育ち。大学卒業後、日本映画学校(現:日本映画大学)に入学し3年間映画作りの面白さに浸る。2012年、自主長編映画『チチを撮りに』を制作、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞し、ベルリン国際映画祭を皮切りに各国の映画祭に招待され、国内外で14の賞に輝く。2016年、商業デビュー作『湯を沸かすほどの熱い愛』が、日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞、最優秀助演女優賞など6部門受賞、国内映画賞で35冠、米アカデミー賞外国語映画部門の日本代表に選ばれる。2019年、初の原作モノとなる『長いお別れ』が、ロングランヒットに。2020年、『浅田家!』が、日本アカデミー賞・最優秀助演女優賞など8部門受賞。フランスで観客動員25万人を超えるヒットに。独自の感性と視点で、家族を描き続けている。
ー村井さんは、映画化が決まって、脚本を読んだり、完成した映画を見て、自分のエッセイがこんな風に映画になるのかと驚いたところはありましたか?
村井:まず、映画ってこんな風に作られていくんだということを知って、それに驚きました。紙の上のことが映像になるというのはこういうことなのかと。

翻訳家 / エッセイスト。1970年静岡県生まれ。滋賀県在住。ブッシュ大統領の追っかけブログが評判を呼び、翻訳家になる。現在はエッセイストとしても活躍。著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう』『訳して、書いて、楽しんで』(CEメディアハウス)。
ーご自身や家族が映画になることに関してはいかがでしたか?
村井:映画の中で、私の名前が呼ばれることが多いので、ドキっとしましたね。初めての経験なので、不思議な気持ちになりました。(劇中での自分の役名は)名前を変えますか? とお尋ねいただいていたんですけど、この本の内容が映画になると思うと、名前を変えてはいけない気がして、そのままでお願いしたんです。
INDEX
兄を演じたオダギリジョーについて
ーご自身のお兄さんをオダギリジョーさんが演じたことに関しては、いかがでしたか?
村井:最初はオダギリさんってかっこいいし、兄と全然似てないんじゃないかと思ってたんですけど、映画を見ていると不思議とちょっとずつ重なってくるのでびっくりしました。表情とか、妙に明るいところが似てるんです。兄は結構コミカルな部分もある人だったので、オダギリさんの愉快な感じが似てるなと思いました。常につかみどころがなくて、へらへらしてるんですよ。それにスーパーハイテンションだったので、車の横を走ったりするシーンもありましたが、本当にやりそうだなと思いました。でも、オダギリさんも監督も実際に兄を見ているわけではないのに、なんで分かるんだろうと。
中野:会えるものなら会ってから映画が撮りたかったですが(笑)、村井さんから新たにお話を聞いて、原作の中のお兄さん像を膨らませてイメージしました。憎たらしいときは憎たらしいんだろうなとか、それでも愛してしまう部分はあるんだろうなとか、そしてやっぱり村井さんはお兄さんのことが好きなんだろうなということは、村井さんから話を聞いて思いました。だから、映画としても、そういう風に持っていったという感じです。

ー監督がイメージしたお兄さんと、オダギリさんが準備されてきた演技としてのお兄さんは一致していましたか?
中野:オダギリさんは、脚本を読んで役作りしてきてくれました。僕からは「憎たらしいところは本当に憎たらしくやりましょうね」って言ったんですけど、見事にやってくれましたね。その憎たらしさがあるから、その後のシーンが生きてくるので、中途半端な憎たらしさじゃなくてよかったです。
INDEX
ママ友たちも驚いた、柴咲コウ演じる「村井理子」
ーキャラクターの肉付けにあたって、監督は脚本を書く前に村井さんにお話を聞かれたそうですが、どんなことを聞かれたんですか?
中野:原作にないお兄さんや皆さんのエピソードをいっぱい聞きましたね。それが僕にとっては刺激的でした。だから今回の脚本って、原作にあったもの、村井さんに教えてもらったところ、そして僕がオリジナルで作ったところの3つが合わさってできあがったものなんです。村井さんへの取材から生まれたシーンは、「焼きそば」の話とか、お兄さんと良一くんの暮らしぶりに関するあるエピソードとかですね。取材って大切だと思いました。
それと、原作では、なかなか過去の話はたくさんは書けなかったと思うんですけど、両親がジャズ喫茶をやっていて、ときどきお兄さんに自転車に乗せてもらって見に行ったというのも実話で、こういうシーンって映画としては重要だったんですよね。
ー監督の中では、お兄さんを演じるのがオダギリさんでないといけないという思いはやっぱり強かったんですか?
中野:オダギリさんだったら、憎いところと憎めないところを両方ちゃんとできる人だなという考えはありました。映画の終盤、「それぞれにとってのお兄さん」がアパートに出てくるシーンがあるんですが、そこなんかは想像以上で、本当にすごい役者だって、改めて思いましたね。
ー村井さんの役を演じられた柴咲コウさんに関してはいかがでしたか?
中野:柴咲さんって圧倒的な主役感があるし、これまではクールな役が多いイメージだったんで、今回の生活感のある役をどう演じるんだろうという思いもあったんです。でも、ご本人もいろんなアプローチで考えてくれていて、お弁当を自分で作って現場に来られたりして、理子という役を見事に演じてくれてました。満島ひかりさんの加奈子(兄の元妻)は、ドンピシャだなと思っていましたが、やっぱり見事でしたね。元夫とはもう一緒には暮らせないけれど、でもどこか嫌いじゃないというラインが絶妙でした。キャスティングに関しても、それぞれのお芝居にもとても満足しています。

村井:私もとにかくすごいなと思いました。私のママ友たちが、この映画で私を演じてくれた柴咲さんの写真を見て、「ここまで寄せてくれるんだ!?」って驚いてましたね。服装とかも、シャツにスパッツを合わせるのも「理子ちゃんがやりそう!」って。
中野:村井さんと柴咲さん、満島さんはオンラインで話したりもしてるんですけど、でもアプローチとしては、そのくらいなんですよ。真似をすることは求めてないですとお伝えしていて、柴咲さんもそれを理解していました。その上で似てるって言われたらうれしいですよね。