村上春樹の短編連作小説『神の子どもたちはみな踊る』を、岡田将生、鳴海唯、渡辺大知、佐藤浩市が主演で映画化した『アフター・ザ・クエイク』。メガホンを取ったのは、『その街のこども 劇場版』(渡辺あや脚本)などを手掛けてきた井上剛、脚本を『ドライブ・マイ・カー』の大江崇允が担当している。
本作は、4つの時代が連なる作品になっている。その第1章で「からっぽ」な主人公・小村を演じた岡田将生と、井上監督の対談が実現した。映画やドラマに引く手数多な岡田が今作の脚本や演出に引かれた理由や、井上監督との撮影のエピソードを聞いた。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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『ドライブ・マイ・カー』に引き続き、村上春樹原作を演じるということ
―今回、大江崇允さんの脚本、村上春樹さんの原作で、岡田さんはこの座組でのお芝居を『ドライブ・マイ・カー』に引き続き2回目ですけど、今回はいかがでしたか?
岡田:村上さんも大江さんもそうなんですけど、他の脚本とは違い、余白がたくさんあって、でも言いたくなるセリフもたくさんある。「このセリフを言うために、どうやって設計していこうか」と考えるのも楽しかったです。物語に入っていける没入感も、大江さんの脚本だからだと思います。
―言いたくなるセリフっていうのはどういうところにあるんですか?
岡田:これ、言語化が難しいんですけど……このセリフ言いたいなっていうのがあるんですよね。
井上:村上春樹さんの原作は小説的なセリフが多いんですけど、それを肉体化するのって難しいことなんですよ。セリフがかっこいいから、我々がそれに騙されてるのかもしれないということもあって、それでセリフを抜いて演技してみようって言ったところもあったんですよ。
岡田:セリフがなくても、成立する部分が何個か見えたんですよね。
井上:それで成立する岡田さんと妻の未名を演じた橋本(愛)さんもすごいけれど、そのことによって、大江さんの書いたセリフのすごさも見えてきたんですよね。
―岡田さんへのオファーは、どういった経緯でされたのでしょうか。
井上:『ドライブ・マイ・カー』のプロデューサーであり、本作のプロデューサーでもある山本晃久さんとも話し合って、早い段階から岡田さんしかいないと思っていました。実際に演技を見ていて、ほんとにセリフが身体に入っているなって思いましたよ。
岡田:井上監督といつかご一緒したかったですし、信頼する山本晃久プロデューサーもいて。村上春樹さんの作品を演じることは難しいけれど、みなさんと悩みながら作っていくことが好きだったし、それができるチームだなと思って受けました。

1989年生まれ、東京都出身。2006年デビュー。近年の主な出演作は、第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』、『1秒先の彼』、『ゆとりですがなにか インターナショナル』、『ゴールド・ボーイ』、『ラストマイル』、『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』、『ゆきてかへらぬ』などがある。また、11月21日に細田守監督最新作『果てしなきスカーレット』が公開。初出演となる韓国製作ドラマDisney+オリジナル韓国ドラマ『殺し屋たちの店』シーズン2の配信を控える。
井上:台本を渡してからも、監督補の渡辺直樹さんから「岡田さんが悩んでるらしいよ」っていうことは聞いてたんです。でも撮影する前に話したとして、それから間が開いてしまったらもったいないので、結局、岡田さんに直接会ったのは、撮影が実際にスタートしたタイミングでした。
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セリフに依存せず雰囲気を醸し出す、岡田将生の演技の説得力
―岡田さんは、どのようなことを悩んでらっしゃったんですか?
岡田:今回、4つのお話が繋がっていく作りになっていますが、その中でも最初の部分を任せていただいて。導入部分がずれてしまったら、映画としてもドラマとしても(※1)うまくいかないと思ったんです。そして何より小村という役に理解できない部分や謎も多いので、みなさんと小村のイメージをすり合わせたいなと思っていました。
そんな中で、撮影に入る前に本読み(※2)ができたのは、すごく楽しかったです。いろいろ試せたことで、安心して現場に入れた感覚がありました。
※1 本作は、2025年4月に放送されたドラマ『地震のあとで』(NHK)と物語を共有しつつ、映画に再構築したもの。
※2 作者 / 演出家が役者を集め、脚本を読み聞かせたり、俳優が脚本を読み合うこと。岡田将生が出演している村上春樹原作の映画『ドライブ・マイ・カー』でも、本読みのシーンがあった。
井上:これは正解のない物語なんですよね。小村というのは、からっぽの象徴のように描かれているけれど、当人に直接そう言ってるセリフってないわけです。セリフがないけど、そういう空気を出さないといけないから難しいんですよね。
特に第1章は小説っぽいセリフが多くて、日常とは違う感覚を醸し出さないといけないので、これからどこに運ばれるんだろうという感じがあります。だって、いきなり小村は箱を渡されて、それを持って北海道に行かないといけないんです。それって突拍子もないことだけれど、岡田さんが演じると、本当に行ってしまいそうな雰囲気があるじゃないですか。
岡田:流されるだけ流されましたね(笑)。
井上:でも、世の中には実際にそうやって流されちゃう人もいると思うんですよ。自分自身も試しながら、心の旅をしたいという人。

1968年生まれ、熊本県出身。1993年NHK入局。ドラマ番組部や福岡放送局、大阪放送局勤務を通して、様々なジャンルのテレビ番組制作に関わる。主にドラマやドキュメンタリーの演出 / 監督 / 脚本 / 構成を手がける。代表作は、数々の話題を生んだ連続テレビ小説『あまちゃん』や大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』、土曜ドラマ『ハゲタカ』、『64(ロクヨン)』、『トットてれび』、『不要不急の銀河』、『拾われた男』など。『その街のこども』、『LIVE!LOVE!SING!~生きて愛して歌うこと~』はドラマとドキュメンタリーが融合した演出が注目を集め、ドラマ / 映画共に高い評価を得た。2023年7月にNHKを退局し株式会社GO-NOW.を設立。フリーの監督 / 演出家として活動している。
岡田:その感覚は、自分自身の中にもありました。助かったのはロケ地の空気感も生きていたことです。あの箱を渡される、小村が働いているレコード屋とかもすごくよかったんですよね。
井上:あれが異界に入るスイッチになっていたと思いますね。陽気な商店街にあるレコード屋だとそうはならなかったかもしれないと思います。各章に、異界に入るスイッチのようなものがあるんですよ。
岡田:オーディオの箱の中もちょっとUFOみたいに見えたりしました。
井上:今作は全部「箱」にこだわっていて。オープニングの東京の街も箱だし、途中で登場するステレオも、冷蔵庫も箱だし。
―脚本の段階で、「箱」というものがちりばめられていたんですか?
井上:そういう部分もあったけれど、その場所に行ってから、撮っている中で見えてくることもありました。
岡田:僕も自然とその箱に入るように歩かされてる感じがありました。釧路空港で小村は謎の女性2人に会うんです。その2人と立ち話をするところも箱になっているんですけど、どこか閉じ込められている感覚を常に感じていたんです。空港を出たらすぐに車にも乗りますし、息苦しさをずっと感じていたので、そういうシチュエーションが、演じる上での助けになっていました。

小村は勤め先のオーディオ専門店で同僚にある「箱」を釧路まで運んでほしいと頼まれ、言われるがままに「箱」を持って釧路に行く。
井上:地面に足をつけているようなお芝居があまりないんですよ。「閉じ込められる」「運ばれる」ということを常に意識していましたね。
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大災害への向き合い方の違いに表出した、夫婦関係の波紋
―小村という人物の「からっぽ」というキーワードを、岡田さんはどのように捉えられていましたか? 嫌な夫というわけではないけれど、どこか妻のことを見ていないという感じがありました。
岡田:小村が妻の未名のことを、ちゃんと見ていなかったっていうのはその通りなんです。
どうしたって人間だから、妻と会話してるけどしていないような、そういう時間もあるんじゃないかなって。だから未名からもらう手紙に関しても、僕が読むのか、途中まで僕が読んで未名がその後読むのか、すべて未名が読むのかーーそれだけでも、感じ方も喪失感も違うなと思いました。未名っていうのは小村にとってなんなんだろうと、不思議な感覚で演じていました。そんな風に演じていたら、「未名って実はいないんじゃないか、小村にだけ見えている何かなんじゃないか」と捉えられる瞬間もあって、面白い台本でしたね。

夫婦である2人だが、会話がほぼない。

―この映画は阪神・淡路大震災を題材に取り上げていて、地震に対して登場人物のそれぞれが間接的にしろ、直接的にしろ影響を受けていく様子が描かれていましたね。未名がテレビで被災者の名前の報道を自分のことのように見入っている一方で、小村はどこかそれを単なる文字列としてしか見ていないところが、地震に対しての、思いの違いが出ているなと思いました。
井上:大きなことが起きたときって、そこまで自分のこととして引き寄せられないことがあると思うんですね。阪神・淡路大震災の被災地の様子がテレビで報道されていたときの小村のあの様子は、たとえば被災地から離れた場所にいた誰かの日常かもしれないし、でも小村がまったく震災のことを気にしていないわけではなくて、ずっとざらざらっとした感覚を持っていたんじゃないかと思います。
岡田:そういうお話は撮影現場でもしていたんですよ。被災地の様子をテレビで見ている人の受け取り方はそれぞれ違うだろうし、もし、そこに見入っていない人がいたとしたら、無関心なわけではなく、なんとか日常を取り戻したいと考えている部分もあったのではないかと思うんです。
井上:この映画って、地震から始まりますし、その源は地下にあるわけです。小村って、震災の後にすぐに地下鉄に乗って通勤しているわけで、「不思議なことをしているな」と思ったりもしたんです。でも、岡田さんがおっしゃったように、それが日常を生きているということでもあるんですよね。
岡田:地下鉄サリン事件のニュース映像を監督に見せてもらったんですけど、一方では出口に向かって恐怖で急いでいる人もいれば、他方では別の出口を通って何も感じていないような表情で会社に急いでいる人もいて、それを見てドキっとしてしまって。
井上:状況をシャットアウトしないと、生きていけないということもあるからなんでしょうね。
