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移民問題を描くファティ・アキン監督が語る「フラストレーションから文化は生まれる」

2024.3.27

#MOVIE

© 2022 Bombero Int. _ Warner Bros. Ent. _ Gordon Timpen

若くして三大映画祭すべてで主要賞を受賞しヨーロッパを中心に熱い注目を集めてきたドイツのファティ・アキンは、多彩な題材を扱うなかでたびたび移民や難民のドラマを語ってきた。トルコ系移民2世として自らの経験を反映させながら、ヨーロッパにおける移民の現状をリアルに、かつ生き生きと描き出してきた映画作家である。

そんなアキンの新作『RHEINGOLD ラインゴールド』は、クルド系のラッパーXatar(カター)ことジワ・ハジャビが半生を綴った自伝の映画化だ。イランで音楽家の父親のもとに生まれた彼は、両親がヨーロッパに亡命したのちに貧しい暮らしのなかでギャングになり、金塊強盗の容疑で逮捕されてしまう。しかし刑務所のなかで録音した楽曲でラッパーとしてデビュー……という、あまりにドラマティックな生き様はドイツでセンセーションを巻き起こした。映画も難民の過酷な現実を映すところから始まり、ギャングもの、音楽ものとさまざまな側面を見せていくが、アキンは見事に「現代の神話」としてパワフルにまとめあげている。ハジャビは清廉潔白な人物ではなく、それどころか自ら犯罪に関わってきたギャングだったが、だからこそ1人の移民がサバイブしていくさまが生々しく立ち上がっているのである。

自身にとって最大のヒット作となった『RHEINGOLD ラインゴールド』について、ファティ・アキン監督に聞いた。DJとしても活動する彼のヒップホップ観から好きなギャング映画まで気さくに語るなかに、彼の作品に宿る「熱さ」がたしかに感じられたのだった。

本作は、ジャズを演奏するように映画を制作していました。

―『RHEINGOLD ラインゴールド』はまず物語としてエキサイティングな作品になっています。こんなラッパーが実際にドイツにいたのか、と。Xatar(カター)の人生の、どのようなところにあなたは惹かれたのでしょうか?

ファティ・アキン:何といっても、まるで「猫が9つの命を持っている」を地でいくかのように、いろいろなことがあった人生であるところが面白かったですね。彼の自伝に非常に強いものを感じましたし、ジャンルが変わっていくところにも惹かれました。

はじめは親を中心とした難民のドラマから始まり、大人になっていく過程の青春物語になり、それからギャングものになり、音楽ものにもなっていく。それは1つの物語と惹かれると同時に、映画作家としてもチャレンジングなものに思えました。わたしは毎回違った映画を作ろうとしているので、今回は作品内でジャンルを越えるものをやってみたかったのです。

ファティ・アキン ©Linda Rosa Saal
1973年8月25日、ドイツ、ハンブルク生まれ。両親はトルコ移民。2004年『愛より強く』で「ベルリン国際映画祭金熊賞」、2007年『そして、私たちは愛に帰る』で「カンヌ国際映画祭脚本賞」、2009年『ソウル・キッチン』で「ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞」を受賞し、30代にしてベルリン、カンヌ、ヴェネチアの世界三大映画祭で主要賞受賞の快挙を成し遂げる。本作『RHEINGOLD ラインゴールド』は、自身の作品として最大の1000万ドル近い興行成績を記録した。

―今おっしゃったように、『RHEINGOLD ラインゴールド』はギャングものや音楽ものといった異なる要素が1つの映画になっているのが面白いですね。ただ、こうした異なる要素をまとめるのは難しくなかったでしょうか。

アキン:ジャズを演奏するようなイメージでしたね。自分にとっては音楽的な体験で、楽しいものでした。場面によって撮影するジャンルが変わっても、自分は何をしているのかを理解していましたが、今回は規模の大きいクルーだったのでスタッフはみんな大変だったと思います。

ある意味では「時代もの」でもあるので、1980年代や1990年代の雰囲気を再現していかなければならない。ロケーションも多く、デザインしなければならないセットも多かったです。過去の話でありながら現在に通じるものでもあるので、その匙加減も考えながら作っていったのですが、細かい部分を変えようとすると大規模な変更が必要になってしまいます。そこがもっとも大きな挑戦であり、集中力とブレずに核の部分を保つことを試されるような現場でしたね。

『RHEINGOLD ラインゴールド』予告編
あらすじ:ドイツの実在するラッパーXatarの伝記映画。イスラム革命により迫害された音楽家の両親にもとに生まれたジワ・ハジャビ。父が有名な音楽家であることから保護され、イランからドイツへ亡命。移民として育つ彼は、ストリートでのし上がるためにボクシングジムで鍛え、「Xatar(カター:クルド語で「危険」)」というあだ名で有名になる。ヒップホップに興味を持つ一方で、彼はストリートの犯罪に手を染めていく。

フラストレーションは、文化や神話を生み出す重要な一部なのです。

―監督はこれまで多くの作品で移民や難民の物語を描いてきました。監督は映画を通して移民や難民が置かれている状況を世界に伝えたいという思いを強くお持ちなのでしょうか?

アキン:ええ、そうです。わたし自身、移民2世です。ですので、すべての映画でわたしのそうした部分が現れるのだろうと考えています。わたしは30年間映画を作っていますが、その間、移民や難民の問題の重要性が失われたことはありません。それくらいわたしたちの生きている世界と関わりのあるテーマだと思います。

わたしの家庭は1960年代にドイツが再興して多くの移民労働者を必要とするタイミングで移住しましたが、現在はシリアやウクライナの紛争から逃れてきた人々やタリバンから逃れてきた人々が移住してきます。

ドイツは労働者が不足しているので、たとえばトイレが詰まったとして、修理を呼ぶのに3カ月待たなければならないような状況なんですよ。医者もそうで、眼科を予約するのに3カ月かかってしまう。

わたしが育った1980~1990年代のドイツと状況が大きく変わっているのです。ですから海外からの労働力を今ほど必要としている状況はありません。にも関わらず、移民や難民の存在が右翼を台頭させ、移民たちを排除しようという動きを激しいものにしています。そこに矛盾したドラマがあるわけです。映画作家としての自分は、そういったところに敏感なのかもしれません。

エミリオ・ザクラヤ演じるジワ・ハジャビ=Xatar / 『RHEINGOLD ラインゴールド』場面写真© 2022 Bombero Int. _ Warner Bros. Ent. _ Gordon Timpen

―ヨーロッパ社会で移民や難民が生きていくために、音楽や映画は何かの助けになると監督は考えていますか?

アキン:はい、そう思います。とくに今作で描かれているヒップホップはオーラルヒストリー(口述の歴史資料)と言える音楽で、アフリカ系アメリカ人が1970年代に近隣の貧困を語るところから始まったものですよね。

当時の彼らはマジョリティー中心のアメリカ社会でマイノリティーとして生きるフラストレーションをラップで発信していました。その文化が脚色されて世界に根づいたのだとわたしは考えています。単なるコピー&ペーストではなくね。高い教育水準が必要になる読み書きの文化ではなく、「オーラルヒストリー」の側面があるからこそ、移民や難民も自分たちの言葉を通して体験をわかち合うことができるのです。

面白いことに、ドイツでは裕福な白人のキッズもそういう音楽を聴いているんですよ。わたしはそこに興味を抱きます。社会的な背景や階級が異なる人々の音楽に耳を傾けるということですから。もちろん犯罪や暴力、ギャングの実態の発信にはスリルが伴うので、若者たちはそうしたところに魅力を感じるのだとは思います。

Xatarの楽曲MV「XATAR – GADDAFI (Official Video)」

アキン:ただそこで興味深いのは、ドイツの若者たちの言葉がヒップホップのボキャブラリーにかなり影響を受けているところです。しかも移民のラップにはアラビアやトルコの言葉が入っているので、ドイツの言語自体がそうしたものの影響で変容してきているのです。

先ほど話したようにヒップホップはフラストレーションを吐き出す音楽だと思っているのですが、わたしも若い頃はそうした気持ちを持っていたのに忘れてしまっていたんですよね。ドイツでギャングスタラップが出てきたときに、これを感情的に理解するには自分は年を取りすぎているなと感じました。ですがこの映画を作っている過程で、そうしたフラストレーションを思い出しました。その感情がいかにシリアスで、文化の重要な一部であるのか。そして、いかに神話を生み出す原動力であるのか。そうしたことをあらためて感じましたね。今の若者たちはワーグナーではなく、ヒップホップから自分たちの言葉や文化を作り出しているのです。

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