INDEX
フラストレーションは、文化や神話を生み出す重要な一部なのです。
―監督はこれまで多くの作品で移民や難民の物語を描いてきました。監督は映画を通して移民や難民が置かれている状況を世界に伝えたいという思いを強くお持ちなのでしょうか?
アキン:ええ、そうです。わたし自身、移民2世です。ですので、すべての映画でわたしのそうした部分が現れるのだろうと考えています。わたしは30年間映画を作っていますが、その間、移民や難民の問題の重要性が失われたことはありません。それくらいわたしたちの生きている世界と関わりのあるテーマだと思います。
わたしの家庭は1960年代にドイツが再興して多くの移民労働者を必要とするタイミングで移住しましたが、現在はシリアやウクライナの紛争から逃れてきた人々やタリバンから逃れてきた人々が移住してきます。
ドイツは労働者が不足しているので、たとえばトイレが詰まったとして、修理を呼ぶのに3カ月待たなければならないような状況なんですよ。医者もそうで、眼科を予約するのに3カ月かかってしまう。
わたしが育った1980~1990年代のドイツと状況が大きく変わっているのです。ですから海外からの労働力を今ほど必要としている状況はありません。にも関わらず、移民や難民の存在が右翼を台頭させ、移民たちを排除しようという動きを激しいものにしています。そこに矛盾したドラマがあるわけです。映画作家としての自分は、そういったところに敏感なのかもしれません。

―ヨーロッパ社会で移民や難民が生きていくために、音楽や映画は何かの助けになると監督は考えていますか?
アキン:はい、そう思います。とくに今作で描かれているヒップホップはオーラルヒストリー(口述の歴史資料)と言える音楽で、アフリカ系アメリカ人が1970年代に近隣の貧困を語るところから始まったものですよね。
当時の彼らはマジョリティー中心のアメリカ社会でマイノリティーとして生きるフラストレーションをラップで発信していました。その文化が脚色されて世界に根づいたのだとわたしは考えています。単なるコピー&ペーストではなくね。高い教育水準が必要になる読み書きの文化ではなく、「オーラルヒストリー」の側面があるからこそ、移民や難民も自分たちの言葉を通して体験をわかち合うことができるのです。
面白いことに、ドイツでは裕福な白人のキッズもそういう音楽を聴いているんですよ。わたしはそこに興味を抱きます。社会的な背景や階級が異なる人々の音楽に耳を傾けるということですから。もちろん犯罪や暴力、ギャングの実態の発信にはスリルが伴うので、若者たちはそうしたところに魅力を感じるのだとは思います。
アキン:ただそこで興味深いのは、ドイツの若者たちの言葉がヒップホップのボキャブラリーにかなり影響を受けているところです。しかも移民のラップにはアラビアやトルコの言葉が入っているので、ドイツの言語自体がそうしたものの影響で変容してきているのです。
先ほど話したようにヒップホップはフラストレーションを吐き出す音楽だと思っているのですが、わたしも若い頃はそうした気持ちを持っていたのに忘れてしまっていたんですよね。ドイツでギャングスタラップが出てきたときに、これを感情的に理解するには自分は年を取りすぎているなと感じました。ですがこの映画を作っている過程で、そうしたフラストレーションを思い出しました。その感情がいかにシリアスで、文化の重要な一部であるのか。そして、いかに神話を生み出す原動力であるのか。そうしたことをあらためて感じましたね。今の若者たちはワーグナーではなく、ヒップホップから自分たちの言葉や文化を作り出しているのです。