正体不明のスーパーヒーロー。それが『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』の主人公だ。12年間も精神病院に閉じこめられていたその少女、モナ・リザがそれ以前はどこにいたのか、そもそもいったい何者なのか、そしてなぜ他人を操る能力を持っているのか……。多くのスーパーヒーロー映画において焦点になるキャラクターの背景が、この作品で明かされることはない。世界を股にかけて活躍するわけでもない。ただ、彼女がどうにか生き延びる様をチョン・ジョンソが鮮烈に体現する。そのドライブ感でグイグイ引っ張っていく映画である。
本作の関心はそれのみにあると言っていいだろう。帰る場所も頼れる者も持たない1人の人間が、この残酷な世界を生き抜くために必要な「力」とは何なのか? 猥雑なムードが満ち溢れたニューオリンズの街を舞台に、モナ・リザは同じように懸命に生きる人間たちと出会いながら自分の生きる場所を探していく。シングルマザーのストリッパー、ボニーに助けられたモナ・リザが、その息子チャーリーとやがて心を通わせるのは、2人がこの世界に居場所を見つけられていない者同士だからだ。
本作の監督であるアナ・リリ・アミリプールは、ファンタジックな設定を借りながらも、現実世界で寄る辺なきアウトサイダーたちが強く生き抜く様を活写しようとする。そこにはときに激しい音楽があり、まばゆいネオンの光があり、思いがけず出会った人の素朴な親切心がある。そんなものに囲まれながら、モナ・リザは世界に1人立ち向かっていくのである。エネルギッシュな新作を完成させたアミリプール監督に話を聞いた。
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危険なものにも自分から立ち向かうことができる。それは絶対的な自由だと思う。
―主人公の少女モナ・リザが他人を操る能力を持っているというアイデアはどのように生まれたのでしょうか?
アミリプール:「ゴミ箱生まれのスーパーヒーロー」とでも言えばいいでしょうか、最初は何もないところからヒーローを作り上げることを考えていました。ニューオリンズを舞台にすることだけ決めて、そこからストーリーを立ち上げていきました。
すると、冒頭のシーンの彼女の姿が頭に浮かんできました。どんな能力を持っているか考えることは、自分なりのスーパーヒーローを造形する上でとても楽しいことでしたね。多くの人は自分が持ちたい能力を考えると思うのですが、最終的に他者を操る能力に落ち着きました。というのは、その能力があればどんな相手であっても、彼女は恐れずに立ち向かうことができる。危険なものにも自分から向かうことができる。それは絶対的な自由だと思うのです。
スーパーヒーローというと、世界や宇宙を舞台に活躍することが多いですが、それって1人で立ち向かうものじゃないと思うんですよ。人間はこの世界でどうやって生きていくかだけでも精一杯なのに。

イラン系アメリカ人の映画監督、脚本家、プロデューサー。長編デビュー作『ザ・ヴァンパイア 〜残酷な牙を持つ少女〜』(2014年)が『サンダンス映画祭』で上映されて話題を呼ぶ。2作目の『マッドタウン』(2016年)は『ベネチア国際映画祭』でプレミア上映され「審査員特別賞」を受賞。2023年11月17日、最新作『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』が日本公開される。
―主演チョン・ジョンソのどのようなところがモナ・リザのキャラクターにハマったのでしょうか?
アミリプール:彼女はすべてのものになることができる。その点で、彼女は本当にモナ・リザそのものだったんです。その瞬間瞬間で、子どもにもモンスターにも、誰かの友だちや姉のような存在にもなれる。可愛かったりセクシーだったりもする。
モナ・リザは、映画が進むにつれて姿を変えていますよね。登場したばかりのときには獣のようでしたが、それから新しく生まれた人間のようになる。その後、身体を清潔にしたり髪を切ったり、ときにウィッグをかぶったりする。カメレオンやトランスフォーマーのように姿を変え続けるのです。

アミリプール:それは、そうした要素をジョンソさん自身が持っているからです。彼女は神秘的なカリスマ性を持っていて、こちらとしてはそれをコントロールしたいと思いませんでした。ただカメラの前に立ってもらって、それを撮りたいという気持ちにさせられました。彼女の存在は、魔法のようでした。

あらすじ:12年もの間、精神病院に隔離されていたモナ・リザ(チョン・ジョンソ)。ある赤い満月の夜、突然、他人を操る特殊能力に目覚める。自由と冒険を求めて施設から逃げ出した彼女が辿り着いたのは、サイケデリックな音楽が鳴り響く、刺激と快楽の街ニューオーリンズ。そこでモナ・リザは、ワケありすぎる人々と出会い、その特殊なパワーを発揮し始める。
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ニューオリンズは、カーニバル的にクレイジーなエネルギーがある場所。
―『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』の魅力はキャラクター造形の複雑さにあります。特にケイト・ハドソン演じるボニーはモナ・リザを助けもしますが、彼女を利用もします。貧しいシングルマザーのストリッパーというバックグラウンドもありますが、彼女のキャラクター像において重要だったのはどのようなものでしたか?
アミリプール:これまでさまざまな映画でストリッパーのキャラクターは登場してきましたが、多くの場合、こうあってはならないという警鐘のようなものとして、あるいは何か恥ずべきものとして描かれてきたように感じます。自分の人生のコントロールができていなくて、必死で生きているような……哀れみや憐憫の情を持たなければならない存在として、ですね。
わたしはたくさんのストリッパーに実際に会ってきましたが、わたしにとって彼女たちは頭の切れる働く女性です。彼女たちは自分が何を売っているのかはっきりわかっていて、相手とビジネス上の取引をしているだけなんですよね。わたしの目にストリッパーはそのように映ったので、ボニーにもそうした側面がもちろんあります。

アミリプール:劇中の彼女は喧嘩を吹っかけられたり暴力を振るわれたり、いろいろとつらい経験をするけれど、けっして誰かに助けを求めたり自分の境遇を哀れんだりせず、前進あるのみのキャラクターです。つまりボニーというのは、ボニー自身にとってのヒーローなのです。彼女のそうした部分にわたしは敬意を抱きます。
もちろん彼女に対して異なる見方をする観客もいるだろうけれど、わたしにとっては、自分と自分の息子のために懸命に生きている女性ですね。まあ、彼女はチャンスがあればいつでも何かを掴もうとしているから、財布は彼女の近くに置かないほうがいいでしょうけど(笑)。
―舞台となるニューオリンズのワイルドな雰囲気も魅力ですね。映画の舞台として、この街の魅力はどういったところにあると感じますか?
アミリプール:この映画を構想し始めたときに生まれたキャラクターの1つがニューオリンズでした。ニューオリンズへのある種の当て書きですね。実際にニューオリンズに行って脚本の執筆もしていますし、それ以前に若い頃は何度も遊びに行っていました。クラブのパーティーにもよく行きました。アメリカにおいて唯一無二の場所だと思います。音楽や食や遊びといったいろいろなものがミックスされているし、先史時代からの樹木や沼地までありますし。それに物価がそれほど高くなくて、学生や労働者がその辺で遊んでいる。多様な人間模様がミックスされた街なんですよ。くだけたゆるいエネルギーがある。
わたしにとってはカーニバル的にクレイジーなエネルギーがある場所でもあります。この映画自体、「クレイジーなのは誰か」を問いかけている作品ですので、そうした意味でもつながっていますね。また、モナ・リザはわたしたちの住む世界に、獣のようなものから人間へと生まれ直すわけですが、それならニューオリンズみたいなエネルギーを持った街がいいと考えたのです。

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ダンスや音楽の力を借りて何かと向き合う。そうした生き方がわたしは好きなんです。
―ニューオリンズの街の風景のエレクトリックな要素も意識的に入れているそうですね。わたしはクラブミュージックへの言及が多くあるのを興味深く思いました。使われる音楽だったり、モナ・リザをナンパするファズがDJをやっていたり、「RAVE TO THE GRAVE」と書かれたTシャツが出てきたり。クラブミュージック文化と本作の関わりについては?
アミリプール:それがわたしで、わたしが大好きなものだからです!(笑)
―そうだったんですね(笑)。
アミリプール:クラブミュージックやそのシーンが好きなんですよ。ニューオリンズではジャズが有名でレイヴ文化はそれほど大きくはないのですが、そこはわたしの好きなものなので、映画のマジックとして街のエネルギーと融合させています。
ファズは作っていて本当に楽しいキャラクターでした。うっかりわたしの理想の男性を作ってしまったのかもしれない(笑)。まあ、目がチカチカするファッションだからずっと一緒にはいられないけど……。
彼は「テクノのブッダ」として見ることもできます。最初に登場したとき、一部の観客は派手なルックスのせいで悪い奴なんじゃないかと思ったかもしれない。でもそんな風に感じてしまった人は、ファズが持つブッダの側面には会えずに終わってしまいますよ(笑)。

―ははは。実際、ファズは魅力的な男性ですよね。ダンスでいえば、ボニーの息子チャーリーとモナ・リザが「ハッシング」と呼ばれる激しいダンスをするシーンも印象的でした。この映画において、ダンスは何を象徴していますか?
アミリプール:テクノやハウスといったクラブミュージックにハマる前の若い頃、わたしはハードロックやヘヴィメタルに合わせて、抱えていた怒りや焦燥感を身体ごと解放していました。だから、あのシーンは実際のわたしの経験からインスピレーションされたものです。
このシーンでチャーリー少年がハッシングをしている姿は、彼の本質的な部分が垣間見られるところだと思います。彼が自分の感情とどう向き合おうとしているのかが感じられるシーンですね。ダンスや音楽の力を借りて自分の感情と向き合う、という生き方がわたしは好きなんです。
このシーンですごくいいなと思うのが、「人生において何か壁にぶつかったときにこんな対処法があるんだよ」とチャーリーがモナに示しているところです。それはとても純粋なもので、彼女がはじめて人として受け取る贈り物でもあります。それはとても美しいものです。どんな状況であろうと、どんなバックグラウンドを持った人であろうと、音楽を通して違いを乗り越えてつながっていくということだと思います。それにモナは特殊な能力で他人も含めて何かをコントロールする存在なので、リラックスする方法をそこで学んだということかもしれませんね。
