宮﨑駿監督の10年ぶりのアニメーション新作、『君たちはどう生きるか』が、7月14日に公開された。本記事では、吉野源三郎の同名小説からの影響と過去作からのオマージュ、そして終盤の解釈や監督が問いかける創作のあり方について論じる。
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宮﨑駿監督の10年ぶりとなる長編アニメーション
宮﨑駿監督のアニメーション新作、『君たちはどう生きるか』が、7月14日に公開された。引退作とされていた『風立ちぬ』(2013年)以来、実に10年ぶりとなる長編作品だ。
この映画は、徹底した情報のコントロールも話題になった。公開前に発表されたのは、ポスター画像のみ。1937年に出版された吉野源三郎による同名の小説からタイトルが取られているものの、それとは異なる物語であること以外、内容については何もわからなかった。公開後も、公式からはほとんど情報が出されなかった。そして、約1ヶ月が経った8月11日より、ようやくパンフレットが発売されることが発表された。
極めて個人的な体験で恐縮だが、公式情報のなさに不安を覚えたのか、この記事を書き始めるまでに、かなりの時間がかかってしまった。直接参照するかどうかにかかわらず、いかにパンフレットや公式サイトの情報を頼りにしてきたかを痛感させられた。以下、登場人物の名前や作品の細部について間違いがあるかもしれないが、ご了承いただきたい。
※以下、映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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二つの『君たちはどう生きるか』
本作は、不思議な世界の冒険を通して、主人公の少年、牧眞人の成長を描くファンタジーだ。舞台は、第二次世界大戦下の日本。冒頭、彼が階段を駆け上がり、空襲の中を走り回る冒頭の躍動感だけでも、宮﨑駿の新作に出会えたという一種の感動を覚える。しかし、その空襲が原因で、母親は亡くなってしまう。眞人は、父と共に、母親の実家の屋敷へと疎開する。
父の再婚相手は、母の妹で顔が瓜二つの夏子だ。眞人は、彼女を受け入れることができない。学校では地元の子供と喧嘩をし、その帰りに自らの手で頭を傷つける。傷について聞かれても真相を言うことができない。
その後、失踪した夏子を探すために、眞人は敷地内にある奇妙な塔に足を踏み入れる。そして、喋るアオサギに誘われ、異世界へと入っていく。そこでの出会いを通じ、彼は自らの「悪意」を自覚した上で、友を作ることを望み、夏子を母さんと呼んで受け入れる。
眞人の変化のきっかけになったのは、母が遺した吉野源三郎の同名小説だった。映画の内容とは関係がないとされていたものの、この二つは共通点が多く、小説はこの映画に強い影響を与えている。小説のコペル君は叔父との対話を通じて、自分中心のものの見方を脱却する。また、劇中で眞人が涙を流したページは、コペル君が自らの過ちを認めた上で友人たちと仲直りをした場面だ。本作は、主人公が冒険を経て、自らの悪意を受け入れ、他者や世界との関係を見つめ直す物語だとまずは言えるだろう。
もう一つ本作に強い影響を与えたと思われるのが、ジョン・コナリーの『失われたものたちの本』(2006年)だ。第二次世界大戦下のイギリスが舞台の同作。母を亡くし継母と暮らす少年は、死んだはずの母の声に導かれ異世界に飛ばされる。そこで、木こりに出会い、元の世界に戻るために旅をする。その一方で、奇怪な「ねじくれ男」が少年を惑わせる。こうして物語を大まかに要約しただけでも、『君たちはどう生きるか』との共通点を見出せるだろう。
また、本作の塔や案内する鳥、独善的な王といった要素は、「スタジオジブリの原点」ともされ、『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)をはじめとした宮﨑駿監督作品にも影響をもたらしたポール・グリモー監督『王と鳥』(1980年)、その別バージョンの『やぶにらみの暴君』(1952年)も想起させた。
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宮﨑駿過去作のオマージュ
上記の作品に影響を受けた少年の成長物語である一方で、本作には、もう一つ大きな特徴がある。登場人物に宮﨑駿自身を投影させ、さらには過去作のオマージュを散りばめており、自伝的な意味合いが強い点だ。
眞人と大叔父は宮﨑駿自身の投影だと解釈できる。父親が航空機製作所を経営しているなど、眞人と宮﨑駿の境遇は似ている点が多い。母の喪失と眞人が抱えるマザーコンプレックスは、宮﨑の幼少期から母が病気で寝たきりだったことが反映されているのだろう。
また、劇中では、宮﨑駿監督の過去作のオマージュと思われる描写が散見される。最初に眞人が小枝をくぐって塔に潜り込むシーンは、『となりのトトロ』(1988年)の森に入る場面を思い起こさせる。大叔父が創る異世界では、『もののけ姫』(1997年)のコダマを彷彿とさせるわらわらや、『風の谷のナウシカ』(1984年)の王蟲を小さくしたような赤い目の虫も映り込む。大勢のインコたちが剣を掲げるところは、『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)を想起させた。
大叔父は眞人に「13個の穢れていない石がある。3日に1つずつ積み上げて世界の均衡を維持する自分の役目を引き継いで欲しい」と頼む。この13個の石は、短編『On Your Mark』(1995年)も含め、宮﨑駿がこれまでに監督した13の作品を示唆していると思われる。
第二次大戦といった時代背景や家族については『風立ちぬ』との共通点も見出せるが、過去作のオマージュを含めてよりダイレクトに自らを反映させたのが、本作と言えるだろう。
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「13個の穢れていない石」から考える、悪意と創作
自らを登場人物に投影しながら、本作は何を問うているのだろうか。宮﨑駿自身の自己問答のような印象さえ受ける二人の対話と眞人の選択については、さまざまな解釈が可能だろう。ここで重要だと思われるのは、前述の「悪意」だ。鈴木敏夫プロデューサーは、インタビューで、「仮に宣伝をやるとしたら『悪意』という言葉を使いたかった」「悪意が時代全体をおおったんです。今の世の中ともたぶん、関係がありますね」と答えている(参考記事:君たちはどう生きるか 鈴木Pの肉声「主人公と時代の悪意を描いた」)。
大叔父はこの異世界を創造する者であり、血縁者に自らの仕事を継がせようとしている。彼は、13個の穢れていない石を使って、現実世界とは違う、悪意のない理想の世界を創るように眞人に言う。眞人は自らがつけた傷を見せながら、「これは僕の悪意のしるしです」と言い、叔父の世界に残ることを拒み、現実へと帰っていく。
13個の石や異世界が宮﨑駿監督作を含めたアニメーション、ないしは創作の世界だとして、悪意のないフィクションに耽溺せず厳しい現実へ戻れと説いているのだろうか? そう単純ではないだろう。眞人が自分や世界の悪意を自覚できたのは、この異世界の冒険を通してだ。
また、眞人は大叔父の世界で拾った一つの石を現実世界に持ち帰ってきており、いずれ忘れるとされたものの、異世界での記憶を保持していた。これは、戦争をはじめとした世界の悪意や自分が抱える悪意に対して、創作物や理想が直接役に立つわけではないが、無力でもないと伝えているように思えた。本作『君たちはどう生きるか』や眞人が読んだ小説がそうであるように、フィクションは、悪意や現実に向き合うためのきっかけを与えることがあるかもしれない。
世界と自らが抱える悪意に向き合うこと。そのために我々はどう生きるのか。それに対して創作は何を表現するのか。『君たちはどう生きるか』が投げかけるこうした問いは、今の時代において盗むとは何かを考えた『ルパン三世 カリオストロの城』以降、常に社会と向き合ってきた宮﨑駿のアニメーション作りそのものでもあると言えるだろう。

『君たちはどう生きるか』
全国公開中
原作・脚本・監督:宮﨑駿
主題歌:米津玄師「地球儀」
製作:スタジオジブリ
配給:東宝
©2023 Studio Ghibli