現地時間2026年2月1日(日)に開催された第68回グラミー賞で、バッド・バニーが最優秀アルバム賞を受賞。翌週2月8日(日)の『スーパーボウル』ハーフタイムショーでは、自身のルーツとプエルトリコの歴史を体現する圧巻のパフォーマンスをみせた。
そのハーフタイムショーにもサプライズ出演したレディー・ガガは、主要部門での受賞は逃したものの、7部門にノミネートされ、2部門で受賞。1月には4年ぶりの来日ツアーを行い、26.6万人の観客を魅了した。
つやちゃん、DJ泡沫、セメントTHINGの3人が、グラミー賞、スーパーボウル、ガガ来日を振り返る。座談会「What’s NiEW MUSIC」第10回。
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「移民と多文化の力」に光が当たったグラミー賞
—2月2日(月)にアメリカ最大の音楽賞・グラミー賞の発表と授賞式がありました。みなさんは今回のグラミーをどうご覧になりましたか?
DJ泡沫(以下、泡沫):やっぱりバッド・バニーがすごく話題になっていますよね。プエルトリコの人で、今もプエルトリコに住んでいて、これだけアメリカで売れて有名になって、グラミー賞まで取ったというのは大きいと思います。『スーパーボウル』のハーフタイムショーもすごくて、あのアメリカの象徴みたいな場で、移民の人やラテン系の人のルーツを丸ごと含めたヒストリーや、自分の家族史みたいなものを織り込んで、多くの人を魅了したというのが、みんなに感動を与えたのかなと思いました。
つやちゃん:そうですよね。グラミー賞や『スーパーボウル』のハーフタイムショーは、アメリカ文化を象徴する一大イベントだと思うんですけど、そこで非英語圏・ラテンの文化があれだけ高い評価を受けて、公のイベントの場で象徴的に評価されたというのはすごく大きいですよね。グラミー賞の投票システム自体が変わって、ラテン部門の投票メンバーが全体の投票権も付与された。つまり、投票の仕組み自体から、ラテンのカルチャーっていうのを見直していこうというような動きがグラミー側にあったというのも、大きいと思っています。
セメントTHING(以下、セメント):ここ数年、賞が白人中心的すぎるんじゃないか、もっと多様性が必要なんじゃないかと言われていて、その改善がようやく目に見えてきたのかなという印象は受けました。授賞式でも象徴的だったと思うのが、最初のパフォーマンスがブルーノ・マーズとロゼの“APT.”なんですよね。ものすごいヒットしたから当たり前といえば当たり前ですけど、ここから入るんだと思いました。その後もK-POPと関係のある人もたくさん出てきましたよね。最優秀新人賞を受賞したオリヴィア・ディーンも、家族がイギリスに移民してきて〜というルーツについて語ってましたけど、今回のグラミー賞のひとつの裏テーマと言ってもいい「移民と多文化の力」というか、そういうのを訴えるスピーチが多かったですよね。
泡沫:K-POPっていうよりは、(最優秀視覚メディア楽曲賞に選ばれた)ケデハン(=『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』)も含めて、今回グラミーに関連してる主要の韓国系の人って、みなさん在外韓国人なんですよ。ロゼもオーストラリアの人ですよね。韓国からは、IMF危機のときだったと思うんですけど、一時期政策である年代の人たちがすごくアメリカに移住したので、韓国系アメリカ人の人ってたくさんいるんです。ケデハンは歌唱の人たちもそうですけど、メインで曲を作っていたTHE BLACK LABELのテディも韓国系アメリカ人です。なので、KはKだけど、海外にいた韓国系の人たちが今回アメリカという舞台ではじめて表立って活躍した、という印象です。その辺がちょっと、BTSとかとは違いますよね。

セメント:韓国系のディアスポラの人が多くて、いろんな文化が混じり合っていて、K-POPももうアメリカのポップミュージックの内側に入ってるんだなというのを感じました。KATSEYEとかもそうなんですけど。
泡沫:KATSEYEをK-POPと言うかどうかも微妙なところで、K-POPが日本とか中国でやってきたことが、アメリカに進出してそのまま成功した例、という感じですよね。
セメント:そうですよね。現地化戦略が見事に成功したというか。メンバーを選んでコンセプトを詰めてティザーを出して〜みたいなK-POPのパッケージングが、適切な人を配置すれば、英語圏でも受け入れられる土壌がもう整っていたんだなというのは、快進撃を見てびっくりしたところでした。
泡沫:はい。おっしゃるようにノウハウが成功した例という感じがします。韓国人がメインのグループだとどうしても根付く感じになりづらかったのが、アメリカ国内で募集して育ててという形で。アメリカって、10年単位でアイドルグループみたいなものがずっと不在だったので、そこに上手いことK-POPが入り込んできたっていう印象があります。
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誰が受賞してもおかしくなかった充実の新人賞
セメント:新人賞にノミネートされていた人が全員、いろいろな変化の兆しみたいなものを感じさせる人選で、すごく良かったと思うんですよね。オリヴィア・ディーン、TikTokから出てきたアレックス・ウォーレン、アディソン・レイとか、The Maríasはボーカルの人がプエルトリコ出身だったと思うんですけど、スペイン語で歌ったりもします。それぞれいろんな、音楽界のなかの新しい声を適切に拾い上げたバランスの良い人選だったんじゃないかなと思って。ソンバー(sombr)も、久しぶりに現れたアンニュイな雰囲気の男性ロックスターという感じですし。
つやちゃん:誰が取ってもおかしくない感じでしたよね。粒揃いというか、バラエティーに富んだ実力ある人がいっぱい出てきたという印象でした。
セメント:去年はチャペル・ローンが新人賞を取りましたけど、あれはどう見てもチャペル・ローンだなという感じでしたよね。今年はそういう、絶対この人が勝つだろうという人が1人で目立っているのではなくて、みなさんそれぞれの方向で魅力を発揮されている方で、拮抗していて全然読めなかったんですよ。それが面白かったなと思います。
つやちゃん:アディソン・レイはすごく高いクオリティでアルバムを作ってきましたよね。いわゆるTikTokバズみたいなものって、一時のスマッシュヒットで終わっちゃうような人が多い中で、TikTokスターがちゃんとしたアーティストへ成長を遂げるというのも、ここ数年の傾向としてあると思っていて、そういう意味でも若手が充実しているという印象があります。
セメント:そうですね。ソンバーがシルバーのセットアップで現れたとき、あれはアレッサンドロ・ミケーレのValentinoらしいんですけど、デヴィッド・ボウイ感というか、『ベルベット・ゴールドマイン』的な感じを思いました。あの映画も1970年代のボウイのイメージを再構築したものだし、今回のソンバーもそういうふうな感じで、過去のアーカイブとかロックミュージック、ダンスミュージック、ディスコからどんどんいろんな要素を取り入れて自分のイメージを再構築したという点で、すごく現代的な身体性を出している男性ロックスターだなと思って、今っぽいなと思いました。

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授賞式での抗議スピーチ、日本では?
—今回のグラミーでは、移民やトランプ大統領の移民政策のことが大きく取り上げられましたが、そういった部分に関してはみなさんどう見ていましたか?
セメント:去年からICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)の取り締まりが非常に厳しくなっていて、抗議デモなどが行われていたんですが、グラミー賞直前に、取り締まりの場にいたアメリカ市民が2人、1月7日と24日にICEに射殺されるという事件があったんです。射殺される様子が、ビデオとか目撃証言でもきっちり記録されてるんですけど、それが政府の公式発表とか、政権側のICE擁護の言葉とは整合しないということで、ICEの取り締まりに対する反発が非常に強くなっていた。反発がピークに達していたのが、グラミー賞直前という感じでした。そういう流れがあったので、みなさん今回のグラミーにはICEに対する抗議バッジとかをつけていらして。
—ビリー・アイリッシュもスピーチで発信していたり、そういう意思表示をする場でもあったように思いました。
泡沫:いまオリンピックでもそのことについて発言している選手がけっこういるのが報道されていて、やっぱりジャンルを超えて、注目を集める人はそういう発言をすることが多くなってますよね。
つやちゃん:グラミーのような場で、人種とか移民の背景とか周縁文化とか、そういったテーマが作品評価と切り離されずに、ちゃんと空気として表れているのはすごく大きいなと思っています。バッド・バニーのパフォーマンスを見ていると、抗議とか告発、政治的立場を主張するというよりも、プエルトリコ発祥の身体でスペイン語を使って、生活感覚としてその音楽を表現している。ビリー・アイリッシュのようにスピーチで明確に発言している例もあるし、いろんなグラデーションで、そういった立場がグラミー全体で表明されていて、今回のグラミーはいい場だったなと思っています。では一方で、日本のMUSIC AWARDS JAPANはどう進化させていけばいいんだろう、というのは、ちょっと考えちゃいましたね。
泡沫:アメリカに住んでいる人だったら誰でもリアルに肌身に感じることだから、グラミーでやることには意味があると思うんですけど、そもそもの社会の作りというか、国民が感じるリアルが全然違うんで、ああいうスピーチを日本でやるとちょっとわざとらしくなっちゃうと思うんです。日本における音楽というのが、国民にとってどういう存在なのかを考えるべきなのかなとは思いました。エンタメに振るならエンタメに振るんでもいいと思うんですけど。
つやちゃん:MUSIC AWARDS JAPANは、誰が、何を、どの文脈で評価するのかがまだきちんと設計されていないように思います。グラミーもいろんな批判を受けて、今年のああいった内容になっていたりするので、MUSIC AWARDS JAPANもこれから作り上げていければいいですけどね。
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ジャスティン・ビーバーの生々しさ、バッド・バニーの新しい男性像
セメント:みなさん印象的なパフォーマンスってありましたか?
つやちゃん:話題になったのはジャスティン・ビーバーですよね。
泡沫:ええ、パンツ一丁で。
セメント:僕はあれすごく良かったなと思って。今回のジャスティン・ビーバーの新譜『SWAG』って、去年『Baby』というアルバムがすごく批評的に評価されたディジョンというアーティストと組んで作ってるんですけれど、今までのジャスティン・ビーバーの路線からするとびっくりするぐらい実験的なプロダクションを取り入れた作品で。
セメント:音源だと音響とか声の加工に凝っていて、プロダクション全体の魅力で引っ張っていく感じだったと思うんですけど、グラミーのパフォーマンスではそれを全部そぎ落として、ループするギターのフレーズの中でトランクスとソックスだけで立ち尽くして、鏡の前で自分の姿を見ながら、ジャスティンのあの声で——ものすごく切ない声ですよね——歌うっていうのが、エモラップとかグランジとかとも接続するっていうか。今の時代の不安な男性の姿というのを、そのままポンッて出したいみたいな感じがあって、生々しいものを見せられてるなと思ってドキッとしたんですよね。ああいうものを大舞台で、5分近くもやるってのはすごいことだなと思いました。
つやちゃん:あれだけのポップスターの行き着く果てというか、その批評性みたいなものが素直に出ているのが面白いなと思っています。いまセメントさんが仰った『SWAG』というアルバムも、ポップスターとしてどう演じてどう見せていくかみたいなところから一歩解き放たれて、自分のやりたいことをのびのびとやっている。ただ、のびのびと言いながらも、そこにはすごく切迫感みたいなものもあって。グラミーのような場がどんどん社会的な文脈を帯びていく中で、ジャスティン・ビーバーみたいな人がどう振る舞えばいいのか、本人が真剣に考えている気がしますよね。
セメント:そうですね。授賞式を見ていて、ソンバーの現代的に再構築された身体と、ジャスティンの今のポップスター男性の孤独な姿っていうのと、もうひとつ印象に残ったのがバッド・バニーのファッションです。ダニエル・ローズベリーが手がけたSCHIAPARELLIなんですけど、すごく構築的なシルエットになっていて、肩がバーンと広くて、ウエストがキュッと絞ってある。あれはSCHIAPARELLIの「ショッキング」という香水瓶をモチーフにしてるんですよね。SCHIAPARELLIがメンズ向けのルックをオートクチュールで手がけるのはかなり珍しいことなんですけど、マスキュリンなんだけどフェミニンに見えるし、フォーマルなんだけどフェティッシュに見えるし、官能的なんだけど禁欲的に体を絞る感じもあって。固定化されたジェンダー表現に縛られないというか、型にはまらない、自由なファッションをエンジョイする、今を生きる男性像という感じで新しいなと思ったんですよね。実際ファッション好きの間でもすごく話題になってたし。

第68回グラミー賞を総括。バッド・バニーの象徴的な受賞と「音楽と政治」
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レディー・ガガ来日公演の祝祭性
—レディー・ガガのパフォーマンスも話題になりましたが、セメントさんは来日公演に行かれたんですよね。いかがでしたか?
セメント:はい。たしか東アジアでは日本だけの開催だったんですよね。だから、まずドームの前で待っていると、客層が国際的で、いろんな人がバーンと着飾って来ていて、その時点ですでに非日常的というか、自己表現を祝福しようみたいな雰囲気が感じられて、ポジティブな空間になっていたんですよね。ガガのファンダムが生み出す空間というのが、いい方向に作用していたというか。
公演の内容は、超デカい真っ赤な鳥籠みたいなのがいきなり出てくるんですよ。その中にダンサーがいて、ガガが「踊るか死ぬか」って言ったら、その中で人がめちゃくちゃ踊っていて、もう何なんだ……という感じで(笑)。そこからガガの精神世界の光と闇が戦う一大スペクタクルが起きるんです。新しいアルバム『Mayhem』を反映しているんですけど、「ガガの中の光と闇が対立して、善と悪の相克があって、それがぶつかって最終的に融合して高みに登っていく」みたいなテーマがあるんですね。ガガのヒット曲って、それぞれ別のテーマがあって、例えば「彼から離れられない」みたいな内容の“Million Reasons”という曲があるんですけど、それを「自分の闇からどうして離れられないのか」という意味に置き換えてあったりして、過去のヒット曲が今のテーマと矛盾がないように配置されてるんですよ。
ライブの最後にはピアノで弾き語りをするセクションがあって、そこで、(そこまでのショーを)ものすごい作り込んでいるけど「あくまでも私は人間なんですよ」っていうメッセージを最後に出して、アンコールではメイクを全部落として出てきて、人間ガガになって、みんなで舞台の上で踊って終わるっていう。流れがもう一分の隙もない感じで、しかもそれを3時間近く、ずっと踊って歌っている。ヒールが高い靴を履いてガンガン踊っていて、アスリートだなって思いましたね。
泡沫:前回の来日公演はさいたまスーパーアリーナでしたっけ。そのときも、お客さん(の装い)がすごいというのは話題になっていて、さいたまスーパーアリーナってけっこう駅前なので、ガガのファンの人に埼玉県民がびっくりしていたっていう(笑)。
セメント:ガガのライブは何を着てもOKという雰囲気がありますよね。ジェンダーノンコンフォーミングな表現をしている人も多くて、自分を堂々と表現したいという人が自由にやっていて、そういうのをこの規模で現出させられるって、ものすごいポップスターだなと思います。