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「中国の自然な日常生活から取り入れた」ポップミュージック
前作『帰れない二人』でも印象的なバンドの生演奏パフォーマンスを挿入してみせたジャ・ジャンクーだが、今作でもやはり実在アーティストの演奏を効果的に用いている。映画の終盤、大同市街の広場で、まばらな客を前に二人の男が演奏を行っているのだが、実は彼らは、ここ日本にも厚い支持層を持つ2009年デビューのバンド=五条人のマオ・タオ(阿茂)とレン・クー(仁科)だ(*)。何かの販促企画の一環なのだろうか、やる気のなさそうなキャンペーンガールを従えて寒空下で演奏する彼らの姿は、こういって良ければ相当に滑稽なのだが、それゆえにこそ、内面に深い孤独感を抱えるチャオやビンの姿と、(歌詞の内容を含めて)感動的な重なり合いを見せている。
*上述の“ジンギスカン”のカバー音源も提供しているのも、彼ら五条人の二人だ。
加えて、エンドクレジットで、1980年代から中国ロック界のカリスマとして(ときに批判的な視座から)時代を見つめてきたツイ・ジェン(崔健)の2021年曲“继续”が使用されているのも重要だ。力強く、粘りを帯びたバンドの演奏と歌声が、移りゆく時代の中で変わっていくものと、それでも変わらないもの両方へと静かな檄を飛ばす。
ジャ・ジャンクー監督は、米映画情報サイト「The Film Stage」に掲載されたインタビュー記事で、自作におけるポップソングの選曲に関して次のように述べている。
「映画で使う曲のほとんどは個人的に好きなものだ。(中略)それは私の幼少期と関係があると思う。私が10代の頃、中国にポップミュージックがやってきた。(中略)だから、10代の生活に密着したポップミュージックは、私たちの心にとても響いた。(中略)ポップスは時代を記憶する最も重要な要素として、時の試練に耐えることができる。今日でも、ポップミュージックは中国全土に浸透している。大都市というより、小さな町かもしれない。小さな町では、通りを横切ればそこかしこからポップミュージックが聞こえてくる。だからそれは、私が中国の自然な日常生活から取り入れたものなんだ」(筆者訳)
Rory O’Connor, “Jia Zhang-ke on Caught by the Tides, Personal Filmmaking, and Pop Music”, The Film Stage
本作のプレス資料に掲載された自身へのインタビューでは、端的に「音楽は私の愛です」とまで言い切っている。翻って考えてみれば、様々なポップソング、およびそれを取り巻く時代状況や、日常生活の中における音楽体験への透徹した眼差しがあるからこそ、かように冒険的な選曲に挑み続けてこられた、ということなのだろう。
