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本作はミュージカル映画なのか?
しかし、公式資料によると、この作品を「ミュージカル」とカテゴライズするのは好ましくなく、あくまで「サスペンスエンターテインメント」として鑑賞してほしいと、わざわざ断りが入れられているのだ。これは一体どういうことなのだろうか。本作の監督のトッド・フィリップスは、「来たるべき『ジョーカー2』はミュージカル映画になるらしい」という公開前の噂を修正するように、以下のように語っていた。
「実際にそのように(引用者注:続編がミュージカルであると)話したことはないですが、この映画では音楽が不可欠な要素であることは確かです。私にとって、それは最初の映画からそれほど大きく外れたものではないのです」
Joker: Folie à Deux director Todd Phillips explains musical sequences: ‘It’s different’, 『Entertainment Weekly』
「この映画の音楽のほとんどは、実際には単なるセリフです」
「アーサーは言いたいことを言葉で表現できないので、代わりに歌っているだけです」
「この映画を『イン・ザ・ハイツ』みたいな映画だと考えてほしくないんです。酒屋の女性が突然歌い出して、みんなが通りに出て、警官も一緒に踊るような映画だ、とね」
Todd Phillips Tells All on Making ‘Joker 2’: Musical Numbers, Method Acting and Joaquin Phoenix’s Broadway Dream That Started It All, 『Variety』
同じくリー役のガガも、公開前のインタビューで次のように語った。
「この映画の音楽へのアプローチはとても特別で、繊細だと思います。これは必ずしもミュージカルだとは言えません。多くの点でかなり異なります」
Does the Joker: Folie à Deux team know what a musical is?, 『Out』
一般的にミュージカルというと、「演技中に役者たちが突然に歌い出す」ものとして理解されていることに照らすならば、本作『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』もまさにその定義に当てはまりそうだ。しかし、おそらく単に「突然歌い出す」以上に重要なミュージカルの特質とは、「主にセリフや身体的演技が司るシナリオ上の時間を『中断』する形で」突然に歌が始まる、という点にある。その点、フィリップスとガガが自ら指摘するように、本作における音楽ほとんどは、登場人物たちの独白や対話(あるいは鼻歌)といった台本上の時間の延長線上に展開されるものであり、そこに明確な「中断」は生じていないのだ。

アーサー(ジョーカー)とリー達の「歌い出し」がどんなに唐突に見えようとも、劇中で彼らが司る時間と歌の時間は、一応の順延関係に置かれている。“For Once In My Life”が歌われる二人の出会いのシーンをはじめ、面会に訪れたリーがアーサーに歌いかける“(They Long To Be) Close To You”や、テレビ番組のインタビュー中にアーサーが突如歌出だす“Bewitched”にしても、あくまで劇中に流れる時間の流れ=特定の「リアリティ」の内部で、(見た目上)唐突に披露されているに過ぎない。こうしたことを踏まえると、たしかに本作は一般的な意味における「ミュージカル作品」であるとはいえず、あくまで一般的なセリフ劇のやや風変わりな例と理解するのが妥当に思えてくる。