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その選曲が、映画をつくる

『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』元首相誘拐事件を描いた長編作の「if」

2024.8.8

#MOVIE

ベロッキオ監督の特徴的な音楽使用

ベロッキオといえば、その特徴的な音楽の使い方でも高い評価を得ている作家である。クラシックに限らず、既存楽曲の鮮烈な引用を試みてきた彼だが、中でも観客に大きな衝撃を与えたのが、やはり先述の『夜よ、こんにちは』におけるそれであった。特に、主人公キアラが見る幻夢的な映像にPink Floydの“The Great Gig in the Sky(虚空のスキャット)”が重なるシークエンス、加えて、同じくPink Floydの“Shine On You Crazy Diamond(クレイジー・ダイヤモンド)”が流れるエンディングは、私個人の「映画×音楽」体験における生涯ベストの瞬間と断言できるほど、圧倒的な力強さを持ったものだった。

今作の音楽の使用法についてはどうだろうか。まずは、(日本での劇場公開順は逆だが)今春に公開されたベロッキオの最新作『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』でも音楽を担当していた若手作曲家ファビオ・マッシモ・カポグロッソのよるオリジナルスコアの素晴らしさを挙げることができる。昨今の映画では珍しいほどの重厚かつ実直なスコアが、映画全編に渡ってサスペンスフルなムードを持続させる重要な役割を担っている(彼は本作のスコアで、プーリア・サウンドトラック賞 作曲家オブザイヤーの称号を手にした)。

一方、既存曲の使用数は決して多くなく、長大な尺からすれば、むしろかなり少ない方といえる。しかし、そこに込められている(と観るものに想像させる)含蓄の豊かさは、やはりベロッキオ節としかいいようがないものだ。

得意のクラシック曲の引用に関していえば、これまでの作品でも度々使用してきたヴェルディの楽曲が、今回も重要な場面で使用されているのに気づく。有名なミサ曲“レクイエム”中でも特に有名な“怒りの日”に合わせて、いわゆる「十字架の道行き」の儀式を行うモーロの姿をパウロ6世が幻視するところは、今作の中でも最も崇高かつ重厚なイメージを伴ったシーンといえる。

もともとこの曲が、イタリアの詩人・作家・政治思想家アレッサンドロ・マンゾーニを追悼する目的でヴェルディによって書かれたものであると知れば、受難に満ちたモーロの姿との連関に、きわめて示唆深いものを感じざるを得ない。

また、「赤い旅団」の結成メンバーが裁判にかけられる場面にも注目したい。厳しい訴追を受けてもなお強硬な姿勢を崩そうとしない彼らがシンパとともに合唱するのが、かの有名な革命歌“インターナショナル”である。古今東西の左翼運動家たちがこの曲を歌う様子は、これまでも様々な形で多くの映画作品の中で描かれてきたものなので、それ自体に特別な驚きはない。ここで注目すべきは、はじめは廷内の被告達とシンパによるアカペラで斉唱されていたはずの同曲が、いつの間にか画面外から現れる壮麗な伴奏に付き添われながら展開していく、という点だ。

要するに、本来であればリアリズムの観点からあり得ないはずの「架空の伴奏」が、さも当然そうに映画のサウンドスケープを覆っていくのである(しかも、あくまで映画の舞台内で実際に流れているように錯覚させる「オン」の質感を伴って)。一見するとさりげないシーンではあるが、この部分こそは、「物語る」という行為に必然体に帯同する外部的な演出の恣意性を、音楽(の付け方)によって自らの手で巧みに暴き出しているという意味で、巨匠ベロッキオの特異かつメタ的な作家性を示しているとはいえないだろうか。

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