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カエターノ・ヴェローゾ“罪”のインパクトと効果
本作における巧みな音楽の使用は、オリジナルスコアだけにとどまらない。かねてより既存曲の効果的な使用でも定評のあるグァダニーノは、ここでも興味深い選曲技を披露している。めぼしい例としては、Nelly“Hot In Herre”やデヴィッド・ボウイ“Time Will Crawl”、ブルース・スプリングスティーン“Tunnel Of Love”等が各シーン内のBGMとして使用されているのが確認できるが、中でも最も強い印象を与えるであろう曲が、カエターノ・ヴェローゾの“Pecado”だ。
これは、ブラジル音楽の巨匠たるカエターノが、かつての幼少期に親しんだスペイン語楽曲の数々を独自の解釈の元に歌ってみせた1994年発表のアルバム『Fina Estampa』に収録されている曲だ。名手ジャキス・モレレンバウムによる優雅で官能的な弦アレンジを纏ったこの曲は、もとはアルゼンチンのバンドネオン奏者アルマンド・ポンティエールと作詞家カルロス・バーによって書かれたタンゴで、タイトルの“Pecado”とは、日本語で「罪」を意味している。
攻撃的なエレクトロニックミュージックがほとんどを占めていた『チャレンジャーズ』のサウンドスケープに突如現れるこの曲は、映画のクライマックス部でそれまでの雰囲気をガラリと変えてしまう重要な存在として配置されている。

ライバル同士による運命の勝負を翌日に控えた嵐の晩、アートはタシにある重大な告白をする。夫婦は哀しみと強い覚悟の中でお互いを慰めようとする。だが、その直後にタシは思いがけない行動をとり、不安の中で翌朝の試合を迎える……。あまりにエロティックで、同時に哀切に満ちた時間を優しく包み込むカエターノの歌声は、激しい律動を刻むダンスミュージックのサウンドとは一見対極に位置しているように感じられるだろう。しかし、静かに抑え込むほど熱をいや増していく欲動が確かに存在するように、“Pecado”の響きは、決して穏やかさや哀切のみを表象しているのではない。明示的なリズムが抑制されることによってその奥底に潜む律動のエネルギーが暗示されるように、この曲が映画へと運び込む一瞬の静けさは、激烈な戦いに臨むタシ、アート、パトリックが内に秘めるパッションのほとばしりを、逆説的な仕方で巧みに表現しているのだ。