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その選曲が、映画をつくる

音楽で読み解く『チャレンジャーズ』 『君の名前で僕を呼んで』のグァダニーノ監督作

2024.5.29

#MOVIE

熱情と欲動を演出するエレクトロニックミュージック

もう一つ重要なのが、言うまでもなく音楽の存在だ。デヴィッド・フィンチャーの『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)を皮切りに数々の優れた仕事を重ねてきた練達のチーム=トレント・レズナーとアッティカス・ロスが今回取り組んだのは、テクノ〜ハウス色の強い、強烈にダンサブルなエレクトロニックミュージックである。

グァダニーノの発言を引こう。

「私がこの映画の音楽についてまず思いついたことは、映画を観ている人たちが踊りたくなってしまうような音楽がほしい、ということだった。だから私はレズナーとロスに言ったんだ。『レイヴコンサートとかハウスミュージックみたいな音楽はどうかな?』と。実際の映画の勢いは音楽からくるものだからね」

プレス資料より

グァダニーノが目論んだ通り、レズナーとロスの作りだしたトラックは目覚ましい効果を上げている。各トラックのビートは、カメラや役者の身体の動き、モンタージュのリズムとダイナミックに調和することで、通常の劇伴音楽がそうするのを超えた密着度で、映画を直接的に「演出」する。更には、巧みなカットバックやスローモーションに合わせて効果的に音楽を配置することで、しばしば私達がフロアで体験するような、ダンスミュージックを大音量で浴びることで時間感覚が溶け出していくようなあの感覚に似た何かを作り出すことにすら成功しているのだ。

加えて、実際にスクリーンで体験する人のほとんどがそう思うはずだが、スコアに限らず、この映画のサウンドデザインはなかなかに特異だ。各シーン、相当丁寧に音響が作り込まれているのがわかるが、スコアの音量が一般的な作品よりも明らかにラウドに設定されている上、それに負けじとプレイ中の具体音にもあからさまに攻撃的なミックスが施されている。特に、ここぞというところで炸裂するラケットの打球音は、ちょっと油断しているとドキリとしてしまうほど、鋭角的でラウドだ。まるでハードなエレクトロニックミュージックのキックのごとく轟く鋭い打球音が、テニスの試合の音響それ自体がダンスミュージックの身体性と重なり合っているような感覚を引き起こすのだ。

レズナーによれば、グァダニーノは、この映画について初めて相談を持ちかけた際、とにかく「とてもセクシーな映画(A very sexxxxxxy movie)」であると説明し、いくつかの具体的なモチーフも提示したのだという。

歴史を紐解ければすぐにわかる通り、多くのダンスミュージックは、性愛等のフィジカルな快楽性、さらに言えばクィアカルチャーとも強く結びついた上で発展してきた存在である。また、映画史上においても、古くからダンスの描写が性愛のメタファーとして読み取られてきたこともよく知られている。

本作にも、タシと二人の男性の間の性愛のみならず、男性同士の肉体的な交歓をふくめ、そこかしこに大胆な描写が溢れており、グァダニーノが過去作を通じて磨き上げてきた肉感的な表現がより一層の高みに達しているのがわかる。そして、その高みへと押し上げるのに直接的な寄与をしているのが、他でもないレズナーとロスの手によるスコアと言えるだろう。また、こうした「エロティック」なスコア(およびいくつかの既存曲)が、性的な描写とテニスのプレイ描写の双方を往復することで、とどのつまり両者が、三人の登場人物にとって熱情や欲動という次元において不可分の存在であることを説得的に伝えているのだ。

アートとパトリックのホモソーシャルな友情に潜む無意識的な同性愛性も、全編を通じてたびたび示唆される。
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