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随所に盛り込まれたフィクション
ディランのファンにとってあまりに有名な「神話」を題材とした本作は、上のあらすじからも分かる通り、様々な重要人物が交錯する実直な作りの伝記映画となっている。上述した他にも、彼の才能を早くから評価していたジョニー・キャッシュ(ボイド・ホルブルック)との交流をはじめ、マネージャーのアルバート・グロスマン(ダン・フォグラー)、コロンビア・レコードのA&Rジョン・ハモンド(デヴィッド・アラン・バッシェ)、レコード・プロデューサーのトム・ウィルソン(エリック・ベリーマン)、フォーク・ミュージック研究家のアラン・ローマックス(ノーバート・レオ・バッツ)、興行主のハロルド・レヴェンタール(P・J・バーン)といった裏方から、ピート・シーガーの妻で社会運動家のトシ・シーガー(初音映莉子)、ロードマネージャーにしてディランの良き理解者であるボブ・ニューワース(ウィル・ハリソン)、音楽仲間のマリア・マルダー(ケイリー・カーター)、ピーター・ポール&マリーのピーター・ヤーロウ(ニック・プポ)、エレクトリックバンドのメンバーであるマイク・ブルームフィールド(イーライ・ブラウン)やアル・クーパー(チャーリー・ターハン)など、数え切れないほどの実在の人物の姿が映し出されていく。

しかしながら、本作のあらゆる箇所が「史実」に基づいているわけではない。それどころか、かなりゆるく史実を捉え、随所にフィクションを盛り込んでいるのがわかる。ディランのファンならば、『ニューポートフォークフェスティバル』のステージで投げかけられる「ユダ(裏切り者)!」という野次のくだりが、実際には翌年に行われたイギリスツアーでの出来事である旨を指摘せずにはいられないだろうし、ガスリーの病床を見舞う描写や、各ステージでの演奏曲目の微妙な脚色、エレクトリック化の具体的な道程、ロトロ(をモデルにしたシルヴィ)との恋路の顛末、シーガーによる有名な「斧」事件など、史実と異なる部分を言い立てるのは造作もないだろう(※)。
※ジェシー・モフェットなるブルースマンが登場するくだりでは、「はて、そのような人物が実在したかしら」と思ったものの、実のところこれは架空の名前だ。おそらく、ディランと親交のあったビッグ・ジョー・ウィリアムスや、(ディランがカヴァーした)ブッカ・ホワイト、フレッド・マクダウェル等、フォークリバイバル期に活動した古参ブルースマンをモデルにしていると思われる。ちなみに、このモフェット役を演じたビッグ・ビル・モーガンフィールドは、マッキンリー・モーガンフィールド、つまりあのマディ・ウォーターズの子息である。