漫画家オカヤイヅミさんが、ゲストを自宅に招いて飲み語らう連載「うちで飲みませんか?」。第12回は漫画家の鳥飼茜さんにお越しいただきました。
この連載に呼ばれるのを待っていたという鳥飼さん。交流はあるものの、差し向かいで会うのははじめてというお二人による、サシ飲みの模様をお届けします。
当日振る舞われた「長芋と舞茸のグラタン」のレシピもお見逃しなく!(レシピは記事の最後にあります)
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嫌だと表明できない悩み vs 態度に出てしまう悩み
鳥飼:すごい、インスタで見ていたごはんが目の前に! グラタンはホワイトソースも作ったんですか?
オカヤ:ホワイトソースというか、炒めたところに、小麦粉を入れて、しっとりしたら豆乳を入れて。
鳥飼:やっぱり豆乳! そうだと思いました。おしゃれな人って牛乳じゃなくて豆乳だよね。
オカヤ:おしゃれな人は豆乳(笑)。私、牛乳は脂が強くてちょっと苦手なんです。だから高級なアイスクリームより、ラクトアイスのやつがわりと好きだったりします。
鳥飼:私は逆にラクトアイスとか、コーヒーや紅茶に入れる植物油脂のクリームがちょっと苦手。別に思想的なことじゃなくて、体に合わない感じがしてます。あ、クリープは好きで、子どもの頃舐めてたけど(笑)。クリープは牛乳由来なんですよ。親にバレて怒られて、隠れて食べてました。
オカヤ:そうなんだ。私は子どもの頃、庭に味の素を隠し持ってた。
鳥飼:かわいい。禁止されてたの?
オカヤ:親は……まあそんなにいい顔しないので。古い食器を、おままごとに使っていいよと言われてもらっていて、庭の隅のりんご箱に置いてたんですけど、そこに試供品かなにかでもらった小さな瓶を隠して、こっそり舐めてましたね。

漫画家。1981年生まれ、大阪府出身。『おんなのいえ』(講談社)で「このマンガがすごい!2014」オンナ編第9位を獲得。『先生の白い噓』(講談社)は2024年に実写映画化された。その他の作品に『地獄のガールフレンド』(祥伝社)、『ロマンス暴風域』(扶桑社)、『前略、前進の君』(小学館)、『サターンリターン』(小学館)、『バッドベイビーは泣かない』(講談社)、日記エッセイ『漫画みたいな恋ください』(筑摩書房)などがある。
鳥飼:私は4歳ぐらいから、自分は何か人付き合いというか人間性のベースのところから間違ってるなって思っていたんです。いまはそれをやるべきじゃないとか、これ以上は話踏み込んじゃだめとか、この話は人に話しちゃだめかもとか、そういうのがことごとくハズれるんです。読めないんですよ。
オカヤ:4歳から!? でも、「いま何をする場面かがわからない」みたいなのは私もずっとあります。暗い子どもだったんですけど、幼稚園で卒園アルバム用の写真を撮るときに、ここは弾けていいんじゃないか……? と思って「いえーい!」みたいな顔をしたら、周りはみんなスンってしてて。もう一生ちょけるもんか! と思いましたね。
鳥飼:あはは、かわいい。
オカヤ:いまその写真を見ると、そんなにたいしてふざけてるわけでもないんだけど。
鳥飼:そういえば、「知らない人のモノマネ」を見せてくる知人がいるんですけど、その人がこないだ、小学生のときにいた子のモノマネをしていたんですよ。それが、ゲームをやってるシチュエーションだと思うんですけど「貸して! できるとこまで私がやってあげる!」って言うの。そういう子、いたな! と思って関心したんです。
オカヤ:たしかに。
鳥飼:それですごくウケたんだけど、考えてみたらそのモノマネをやっている本人は、空気読んだりするのが得意な人で、友達もいっぱいいるし、その当時「貸して!」って言われたら、貸してたと思うんだよね。つまり「こいつシャバいこと言ってんなあ」と思いながら、「わかったー」って言って貸してあげてたわけでしょ? それを観察してて後々モノマネしてるって思うと、怖くないですか?
オカヤ:そんなに冷静に気を回してたわけじゃなくて、「あっ、あっ、ハイ」って渡しちゃっただけかもしれないけど……。鳥飼さんはシャバいと思ったら言っちゃうってこと?
鳥飼:私は自分が「貸して!」って言う側の子どもだったし、子どもってそういうの抑えられないから、コントローラー奪われたら猛烈に反発してたと思うのね。あと、すごく顔に出たりするんですよ。一人だけずっと引きずってたり。
オカヤ:ああ、私はそれができる人の方がちょっとうらやましい。私は態度に表すのが苦手なので。
鳥飼:表してるんじゃなくて、出ちゃうんですよ(笑)。私は、「そういうときは譲ってあげる方がスムーズ」とか、事が上手くいく方をパッと選べるのがうらやましい。

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いろいろなタクシー運転手に遭遇してきた
オカヤ:嫌なタクシーって、降りれますか?
鳥飼:いきなりタメ口みたいな運転手さんのときは降りますね。
オカヤ:そうかー。私、若い頃は特に「適応しなきゃ!」みたいに思ってたから、タクシーの運転手さんがすごいしゃべる人だと、合わせなきゃと思って、自慢話にも「すごいじゃないですか!」とか返してましたね……。
鳥飼:若いころに乗ったタクシーって、めっちゃ自慢話してきたけど、最近されないね。
オカヤ:されなくなった。あれは特に若い女子に対してだけ起こることだったんじゃないかと思う。すごい説教してくる人とかいたよね。
鳥飼:自作の曲のテープを聞かせてくる人とかいたよ。それを聞かせるために、ちょっと遠回りするからメーター切るね、って言われて(笑)。
オカヤ:やめてよ、降ろしてよ……。亡くなった奥さんのアルバムを見せてくる人とかいたなあ。10分くらいの乗車時間で、そんなの受け止めきれないよ、って(笑)。
鳥飼:変な人多かったですよね。
オカヤ:ちょっと面白がってもいましたけどね。前の仕事を辞めてから運転手になった人も多くて、前職の業界面白話を聞けたりもするから。元繊維関係だった人から「コーデュロイは太い方があったかいよ」と教わったことがある。
鳥飼:コーデュロイの幅? へえー、たしかにぜんぜん知らなかった! あ、この前「◯◯の角で停めてください、でも交差点は停めにくいと思うので、その辺りのどこでもいいです」みたいなことを言ったら、運転手さんが「そんなに丁寧に、こっちのことを考えてくれるような子をひさしぶりに見た、人の気持ちがわかる子だね」とか言って、果汁グミをくれたんですよ(笑)。
オカヤ:それはもう、概念としての「おじいちゃん」だ(笑)。おじさんを抜けるとそうなるのかも。
鳥飼:久しぶりに見たよ、果汁グミ。ぶどう味だよ(笑)。それはうれしかったです。見た目とかじゃなくて、振る舞いを褒められるのはうれしいし。
オカヤ:いい話だ。けど、他のお客さんはそんなにみんな横暴なのかな……とも思うよね。

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「平和な生活をしている方が、不安がいっぱいになってくる」
鳥飼:最近、しばらく外国か地方で生活できないかなと考えてるんです。ずっと同じ家の同じリビングにいるのは、人生損してるんじゃないかみたいに思ってきて。
オカヤ:漫画は、道具は全部持っていけばある程度できますもんね。
鳥飼:せっかくどこでもできる仕事をしていてやらないのは損すぎる、もったいない、うらやましい、って人から言われたんです。打ち合わせとかも、ある程度は相手が合わせてくれる仕事じゃん。会社員だったらもっと他の人の都合に合わせなきゃいけないから、って。それだったら、さっさとしないと、動ける時間がどんどん短くなっていくなと思っているんです。
オカヤ:私もそれはすごいやりたいです。言葉も、いまは自動翻訳が進んでますからね。問題は円が安いことぐらいですね。
鳥飼:ね。円で稼いでドルで払うの、もったいなさすぎるというのはありますね。
オカヤ:ドルで稼げばいいんじゃないですか。
鳥飼:その方法を模索したいですよね! 難しいよね。許されてないわけじゃないけど、もう少し自由にできたらいいのにね。
オカヤ:事務が苦手だからな……。国によっての違いもありそうだし。源泉徴収どうするの? とか。

鳥飼:そうそう。あと、オカヤさんはあんまり家を出ないって言ってたし、生活を愛してる方じゃん。私も近いものはあるんですけど、一方で本当は刺激が欲しい人なんですよ。というか、ないとだめなんですよ。刺激って、いらない?
オカヤ:いらなくはないよ(笑)。刺激がないと輪郭がぼやけていくから。
鳥飼:刺激って、人によってはいらないって言うでしょ。毎日同じところで同じことをしているのが、自分にとっては大事、みたいな人もいるじゃん。
オカヤ:ああ、私は「毎日ぜったい同じ時間にこれをする」みたいなのはむしろ苦手です。行き当たりばったりでいたい。
鳥飼:私もそうじゃないと荒むんですよ。ずっと同じことの中にいると、自分から不安を探し出すんです。
オカヤ:それも刺激のうちだからってこと? 平穏でいすぎると不安を探したくなる。
鳥飼:そうかもしれない。「問題がないわけがない」って思っているんですね。それで、そんなに心配しなくてもいいようなところに「これはもしかして不安の種なんじゃないか」みたいにフォーカスしていっちゃう。だから、平和な生活をしている方が、不安がいっぱいになってくるんだよね。でも、旅とかに出ている間は、うまくいかなくて当然だと思ってるから、自分から不安を探す余裕はないじゃん。順番が変わるんだよね。
オカヤ:なるほど。私の場合で言うと、急に毛穴が気になりだす、みたいな話かな。
鳥飼:解決するべきことがないから作ってる、というか。それで知人に「解決が必要なことがどんどんあれば、そっちにエネルギーがいくはずだから、その方が向いてるんじゃないか」と言われたんです。
オカヤ:なるほど。社会運動するとか……? それか必殺仕置人。解決するのを請け負って回るの。
鳥飼:たしかにね。おせっかいだし、向いてるかもしれない。以前、友達の本が出るときに、「自分だけでPRしなきゃいけないからちょっと手伝ってくれないか」と頼まれたことがあったんですよ。私、そのときすごく盛り上がって、以前出たことのあるテレビ番組のディレクターさんとかにまで連絡したり、あの著名人に読んでもらったらよさそうだ、たしか友達が一回対談してたはずと思って、つなげてくれないか聞いてみたりしたのが、すごい楽しかったんです。
オカヤ:すごい。PR会社じゃないですか。
鳥飼:その作品が好きだったっていうのもあるけど、自分の本の宣伝のためにはぜったいしないことなんですよ。人のためだと、けっこう厚かましいこともできるんだなって。それは新しい発見でした。

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東京出身者 / 地方出身者それぞれの「東京にいる」ということ
オカヤ:東京にいると、日本の一部分のことしか見れていないのでは、というのも思うよね。
鳥飼:それはめっちゃ思います。ちょっと前に、自分の描くものは東京の都会の人を前提としているということに気づいて、ガーンとなったんです。日本の9割の人のことを前提としないで、何を描いているんだろう、って。
オカヤ:田舎から都会に出てきた人は、都会の人以上に、田舎に対するネガティブな感情があったりするよね。
鳥飼:そういうテーマはすごく大勢の人に響くんだと思うんです。山内マリコさんの小説とか、憧れとルサンチマン的なものと、いろいろな感情が同居した上で、東京の屋根の下のものを描いていて、良いなと思いますよね。私は、そういうことを思っている人にリーチできていないな、というのはある。
オカヤ:うん。でもその気持ちが皮膚感覚としてわかるようにはもうなれないからな……。
鳥飼:一方で私も東京の出身ではないから、東京で育った人に「ここが地元なんだ」という安心感のようなものがあることが、すごくいいなって思って。
オカヤ:(東京出身者としては)なんかすいません、とも思ってるよ。恵まれてるんだよ、みたいなことをすごく言われるし、実際そうだから。
鳥飼:ああ、それもそうか。近くに親や親戚もいて、自分が東京にいることが自明な強さというか、何もなくてもいる理由があるというのが、いいなって思ってる。迷いがないというか。
オカヤ:ただ地元を離れていないだけという、保守性の面もあるんだけどね。
鳥飼:というのも含めて、東京じゃないところに行ってみたらいいんじゃないかなって思ってます。その方が「いろいろやったな」という人生になるな、って。
オカヤ:刺激のある方へ。鳥飼さん、これからものすごい冒険をしそうですね。

書籍情報

鳥飼茜
『バッドベイビーは泣かない』(4)
2025年9月22日(月)発売
価格:792円(税込)
講談社