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NEWS EVENT SPECIAL SERIES
グッド・ミュージックに出会う場所

京都「黒茶屋」 住所非公開の隠れ家でレコードを聴く至福の時間

2025.3.7

#MUSIC

住所非公開、イベントの際だけ開放される古民家。その特別な雰囲気が関西の音楽ファンの間で密かな話題となっている、京都・伏見のスペース「黒茶屋」を、音楽評論家・柳樂光隆と訪ねた。連載「グッド・ミュージックに出会う場所」第12回。

オーバーツーリズムの京都に芽吹く、自分たちのための場

京都という街は本当に特別な場所だ。僕は近年よく行くようになって、いくつかの行きつけができたのだが、どの店にも京都にしかない雰囲気がある。東京や大阪の店にはない、どこか共通した京都ならではの良さみたいなものを感じるのだ。

近年の京都は観光客の増加によるオーバーツーリズムの文脈で語られることも多い。たしかに繁華街を歩いていると観光客で溢れているし、簡単には入れないような店も増えたと聞く。実際に僕のお気に入りの音楽スポットの中には、いつも観光客で溢れていてふらっと立ち寄れる場所ではないところもある。店からしても、繁盛してうれしいだけではない側面もあるのだろうなと想像する。

急速に環境が大きく変わってきた中で、自分たちがいかに楽しめるか、自分たちの場所をいかに作っていくか、みたいなことを真剣に考えながら、試行錯誤する人が出てきているのだろう。いま京都には、住所非公開の音楽スポットや常連客の紹介でしか立ち寄れない「一見さんお断り」のミュージックバーなど、地元のコミュニティやその店を愛するお客さんのための雰囲気を守りながら営業している店がいくつもできていると聞く。今回紹介する黒茶屋もそんな文脈で語れる場所のひとつだ。

空間の魅力が、集う人たちによって保たれている

伏見にある黒茶屋というスペースのことを知ったのは友人のInstagramだった。数年前のある日、僕の友人で、京都Hachi Record Shop and Barのスタッフ・神谷ハヤトくんが素敵な場所でレコードをかけている写真が流れてきて、僕は目を奪われた。それで神谷くんに「そこはどこなの?」と聞いて教えてもらったのだが、Instagramのアカウントのどこにも住所は書いていなかった。聞けば、そもそも黒茶屋は普通の店ではなく、オーナーのcojiさんがイベントの際に不定期で空けている謎のスペースだった。

オーナーのcojiさん。

観光客の喧騒から外れた場所にある古い日本家屋に靴を脱いで入ると、リノベーションされた内装に目を奪われる。木造の質感を引き立てるような家具や調度品にときめきながら、吹き抜けになっている奥の部屋に進むと、手入れされた庭が見えてくる。吹き抜けの上にある窓や、庭に面したガラス戸から入ってくる日差しが生み出す開放感は格別だ。初めて訪れた際は思わず「すげぇ……」と声が出てしまったほど。こんな素敵な隠れ家のような場所が人知れず存在していたことに驚いた。

神谷くんはcojiさんと共にここで定期的に『SHELTER』というイベントをやっている。告知は黒茶屋もしくはcojiさん、神谷くんのInstagram。彼らのアカウントにメッセージを送ると、住所が送られてきて、ようやく場所がわかるという仕組みだ。

このイベントが開催されるのは、日曜の朝の10時から午後の3時まで。神谷くんがレコードやCDを持ってきて選曲をして、cojiさんがコーヒーを淹れる。来場者はそこでゆったりと自由な時間をすごす。誰かと語り合うなり、本を読むなり、ぼーっとするなり、といった感じだ。

『SHELTER』で選曲を手がける神谷ハヤトさん

わざわざメッセージを送って住所を聞かなければならず、しかも、街の中心部からは離れた場所までわざわざ行かなければならない。このハードルがこのスペースの雰囲気を守っているのだろう。

cojiさんと神谷くんは来場者を「お客様」として扱わないし、来場者の方もサービスを享受しようという態度ではない。この静かで穏やかで、ほっと息がつける環境が成り立っているのは、開放してもらったスペースを自由に楽しみながら、そのスペースの素敵さを保とうとする人たちが集えていることによるものなんだろうなと、行くたびに思う。そしてそれは、この建物じたいに、ここにまた訪れたい、この先も開放されていてほしいと思わせる魅力があるからなんだろう。

この場所が、ここでしかできない選曲を引き出す

黒茶屋は店主が一人で音楽をセレクトして流している店ではないけれど、「この場所ならではの音楽」があるように感じる。『SHELTER』で選曲をする神谷くんの専門はジャズ。彼は、柔らかい光が差し込み、コーヒーの香りが漂う古民家の穏やかな昼間に合う、ちょうどいい塩梅のジャズやジャズに隣接する音楽を流してくれる。

コンサバティブなスタイルのコルネット奏者ルビー・ブラフ、1960年代のチェット・ベイカーを支えた名ピアニストのカーク・ライトシーといった渋いセレクトが、黒茶屋の雰囲気によく似合う。映画『グリーンブック』のモチーフにもなったピアニストのドン・シャーリーのレコードもぴったりだったし、クラリネット奏者のジミー・ジュフリーのフォーキーかつ室内楽風味のジャズもしっくりきた。

お客さんをハッとさせるための選曲でも、珍しいレコードを披露するのでもなく、むしろひっかかりを作りすぎずに日曜日の朝にゆるく聴きたいようなレコードを選んでくれる絶妙さ。軽やかなスウィングのリズムが一日の始まりを演出してくれている気もした。この空間の魅力がそうした選曲を引き出し、そして選曲がまたこの場の雰囲気を作る。場所と選曲の相互作用をここまで感じたことはなかった。

実は僕も黒茶屋でゲストセレクターとして選曲をしたことがある。その際には家でリラックスしたいときによく聴いているCDを選んで持っていった。バラード中心のジャズボーカルや、ブルースフィーリング溢れるソロピアノのような、DJとして呼ばれたときにはなかなかかけられない作品を選ぶことができる楽しさがあったし、なんといってもこの黒茶屋という空間にふさわしい音楽を選ぶことがものすごく楽しかった。誰かに向けて音楽をかけるというよりは、その場所のために選ぶこと。ほど良い塩梅のBGMとして機能する音量を探るのも面白かった。選曲仕事はよくやっているが、ここでしかできない選曲をこの空間がさせてくれた。

バーカウンターの前で立ったまま、もしくは椅子に腰かけるか、ちゃぶ台の横で胡坐をかきながら、集まる人たちとなんでもない会話を楽しみ、音楽に耳を傾ける。黒茶屋でしか味わえない至福の時間がある。今回訪れたのは2月だったので、薪ストーブの前で陽の光を浴びながらうとうとする時間も最高だった。間違いなく、今の僕にとって黒茶屋は京都に行く目的のひとつになっている。

《『SHELTER』神谷さんが選ぶ5枚》

・Johnny Smith『The Man With The Blue Guitar』
・Don Shirley Trio『Water Boy』
・Jimmy Giuffre『Trav’lin Light』
・Petros Klampanis『Rooftop Stories』
・Brandon Ross『Puppet』

《黒茶屋cojiさんが選ぶ5枚》

(左から)

・Sachal Vasandani『Still Life』
・Thomas Bartlett『Shelter』
・Sandrayati『Safe Ground』
・藤本一馬『Flow』
・Wilson Tanner『69』

https://open.spotify.com/playlist/4wJVwYWHL9kksVniu5NbTF
*Johnny Smith『The Man With The Blue Guitar』、Brandon Ross『Puppet』はサブスクリプションサービスにありません

黒茶屋

住所:非公開
営業時間:不定
定休日:不定
https://www.instagram.com/b__kurochaya/

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