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完成された世界観は、店主の「好き」の結実だった
ところで、1990年代には、音楽愛好家がJUHAで流れているような音楽と出会える経路があった。そのひとつが、リブロポート〜アスペクトから刊行されていた『モンド・ミュージック』というディスクガイド本のシリーズだ。僕は『モンド・ミュージック』を読んで、そこで鈴木惣一郎が紹介していたフォークやブルースを聴き、細野晴臣がインタビューで語る言葉を頼りに戦前のジャズを聴いていたし、ジョン・フェイヒィやジミー・ジュフリーもあの本で知った記憶がある。

JUHA店主の大場さんは僕と同世代なので、きっと僕と同じ経路なんだろうなと思って聞いてみたら、「お客さんからも『モンド・ミュージック』や細野さん経由ですかって聞かれるんですけど、実はその辺は通ってないし、よく知らないんですよ」とまさかの答えが返ってきた。でも、驚きつつも、その答えに僕はすぐに納得していた。大場さんが自分の耳と勘と経験、そして、友人からの情報などを頼りに、自分の好みに合った音楽を集めていった結果、今、JUHAで流れているレコードが集まったと考えると、時代も文脈も異なるレコードがどれもこれもJUHAっぽいものとして聴けてしまう不思議な一貫性にも納得がいく。ここで流れているものは何かしらの文脈やトレンドではなく、「大場さんが好きなサウンド」を徹底したものなのだ。自分の「好き」にどこまでも正直である彼の志向が結実したのがJUHAということだ。

この日、取材のために開店前に伺うことができたので、僕は客のいない店内を歩きながらくまなく見まわしていた。すると、カウリスマキ映画のポスターや、ジャズに精通していた編集者の植草甚一関連のチラシに交じって、ビリー・チャイルディッシュという名前が入った絵が壁に飾ってあるのが目に留まった。ビリー・チャイルディッシュといえば、イギリスのガレージパンクの伝説的バンドTHEE HEADCOATSのフロントマン。その絵はビリーが描いたものだった。あまりにサラッと飾られているので、何年も前から来ているのに今回初めて気づいたのだった。

大場さんはもともとガレージパンクが好きで、その中でもビリーに惹かれ、詩人や画家としても活動していた彼のあらゆる表現を追いかけていたと教えてくれた。なるほど、ビリーが好きで、ガレージパンクが好きならば、そのルーツにある戦前のブルースにたどり着くのも納得だ。JUHAでは音楽に限らず、置かれたり飾られているあらゆるものが大場さんの美意識に沿って選ばれていて、それらは全て繋がっていることがわかった。だからこそ、JUHAに入った瞬間に目の前に立ち上ってくるあの独特な世界観、そして、あの完成度が生まれたのだろう。

ちなみに大場さんはここ数年、ブルーノートレーベルのレコードをまた買い集めているとのこと。ジャズ喫茶の定番もきっとJUHAならではの感性で聴かせてくれるに違いない。
《JUHAが選ぶ5枚》

・Penny Carson Nichols『Trinidad Seed』
・V.A.『Pioneers of the Jazz Guitar』
・V.A.『Female Country Blues Vol.1: The Twenties (1924-1928)』
・Arvo Pärt『Für Alina』
・John Fahey『The Best of John Fahey 1959-1977』
JUHA
住所:東京都杉並区西荻南2-25-4
営業時間:火~金=13:00~21:00 土・日・祝日=12:00~20:00
定休日:月
※営業時間、休業日はInstagram、Xにて要確認
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