みらんと小原晩の交換日記『窓辺に頬杖つきながら』 Vol.04
INDEX
from 小原晩 #6 6月12日(月)
すっかり梅雨ですね。みらんちゃん、雨は好きですか。ちなみに私はあんまり好きじゃないです。傘をさすのが好きじゃないし、ずっと眠いし、散歩に行けなくなるからです。雨の音が落ち着くということもないし、豪雨に胸が高鳴るというようなこともないし……うーん、やっぱりあんまり好きじゃない。あと雨の匂いがする、というひとが時々いるけれど、あれがずっとわからなくて、一体どんな匂いなんだろう。みらんちゃんはわかりますか?
今日も雨降りだったので、家でカレーライスをつくりました。毎日茹でた薄切りの豚肉に大根おろしとポン酢、青葱をかけて白米と食べる、もしくはコンビニ弁当という感じが多かったのですが、久しぶりにまな板を使う(とはいっても玉ねぎとじゃがいもを切るくらいのことなのだけれど)ご飯を作りました。するとなんだか生活を取り戻したような感じがして、うれしかった。
自分のために作ったカレーライスに、よく焼きの目玉焼きをのせて、ぱくぱくと口に運びながら、元気が出ないときは毎日時間を決めてご飯を食べるとか、ご飯が食べられないなら湯船に浸かってみるとか、私のことを私が大切にする時間を意識してつくることが大切なのだと、以前、心療内科の先生に教えてもらったことを思い出しました。
自分のことを明るい方へ向かわせるのにも訓練が必要なんだなあ。そう思って、訓練、訓練と真夜中の部屋でひとりごちてみる。ちょっとこわいね。でも訓練だ!
だから雨が嫌いなんて言い切らないで、この六月はぽつぽつと雨の日のすてきなところを見つけてみようと思います。共にやすみやすみいきましょう。
from みらん #7 6月19日(月)
ぶっくぶくの熱湯で湯がいた素麺をキメの細かいザルにうつして、瞬時に冷水をあて流すときの快感みたいなのが、晩ちゃんの文章を読むときにもあるなあと、日記が届いて読むたびに、新鮮に思う。このかんじ、誰にも何もわからなくて良いんだけどね、思った通りに書いてみました。じめじめの気だるさ纏わりつく日々に、自分にとってこの交換日記が確実に拠り所になってるのを感じてるよ。晩ちゃんいつもありがとう。
雨は、好きじゃないかもです。断定するのは雨に失礼しちゃう気がしてしないんだけどね。現在惜しみなく、梅雨だねえ。そんななか、私はなんと、上京しました。6月2日、東京の街に避難勧告が出るほど雨が降った日を、晩ちゃんは覚えてる? あの日にだよ、私はおっきなキャリーケースひとつとギターいっぽん背負って、引っ越したの。
まず不動産屋さんへ行き、さまざまな書類に目を通し、判子をすぱすぱ押し、鍵を受け取り、ふうっと外に出たら土砂降りで。私の心、ぽろんと道路に落っこちた。それからは、タクシーに乗って家まで運んでもらいました。
ひと息つきたかったけど、掃除をせねばと思い、近くの薬局で目につく必要だと思うもの、すべてをすごい勢いでカゴに入れて、レジで店員さんに袋いりますか? って聞かれたとき、その声色が優しくて、ふわっと力が抜けて、はい、いります、さっき引っ越してきて、それなのにこんな雨で、とりあえず薬局だと思ってここにきて、もう、袋も忘れちゃったし、はあーー大変で、、、と、口に出す私だった。店員さんは大変でしたねと、これまた優しく返してくれるもんだから、その後あらゆる店をまわり、どの店員さんにも同じようなことを言ってしまった。ありがたいことに、みなさん優しくて、そうだな、雨の日は、もしかしたらこういう優しさに触れることがあるかもなって、今思ったよ。
あとはお風呂。雨の日の湯船は最高だと思う。私は雨の匂い、わかるんだ。まあ、ドブっぽい。笑 その匂い嗅ぎながら浸かる湯船は、露天風呂みたくなって、大好き。
晩ちゃんの言う訓練の日々は、たしかにちょっとこわいと感じた。ねえ、せっかく家近くなったんだから、ふたりで料理なんかできたらいいよね。晩ちゃんはお家で何料理を囲んだらテンション上がるかな? 私はたこ焼き。まだまだ関西人だから〜〜
from 小原晩 #7 6月28日(水)
みらんちゃん、上京おめでとうございます。あんな雨の日に引っ越しだなんて信じられないよ。よく頑張ったね。
さて、先日の夜はみらんちゃんの上京を祝して、主役のみらんちゃんと、この連載の写真を撮ってくれている新家菜々子さん、私の三人で集まりました。
私の住んでいる街では雨が降っていなかったから傘を持たずにバスに乗ってお店のある街までいくと、その街では雨がさらさら降っていて、私は少し濡れながら、もう店の中にいた主役の君に手を振りました。
少し遅れてくる菜々子ちゃんを、私たちはビールを飲みながら待っていて、早くしゃべりだしたいような、もっとぼうっとしていたいような、どっちつかずのこころもちでビールをぐいぐい飲んでいました。
大阪で出会ったみらんちゃんとこうして、東京でビールをのんでいる不思議。なにはともあれうれしいね。
菜々子ちゃんがやってきて、へらへら挨拶を交わし、なにを食べるのか決めるのが得意なみらんちゃんに注文を任せっきりにして、私は結局ぼうっとしていました。ああゆうとき、みんなで食べたいものをささっと決められるのは堂々としててかっこいい。
アボカドの上に生しらすをどさっとのせたものと自家製のパンをかじり、菜々子ちゃんはとうもろこしのフリットを食べて「おばあちゃんを思い出す」と言って、皮のしっかりとしたソーセージは噛むほどに旨く、赤ワインをどれどけのんでも顔色の変わらないみらんちゃんは頼もしく、分け合うパスタの幸福感にじーんときた。贅沢な夜でした。
今度はお互いの家で、料理しようね。私は手巻き寿司にテンションが上がるのだけれど、東京の端っこで生まれた私は、家でたこ焼きをしたことがありません。たこ焼きパーティーってどんな感じなんだろう。たこパ、やってみたいな。
みらん『天使のキス』(7inchレコード)
2023年7月12日(水)
Label:NOTT / NiEW 品番:NOTT-014
価格:1,000円(税込)
A:天使のキス
B:好きなように
ディスクユニオン限定特典:キーホルダー
https://diskunion.net/portal/ct/detail/1008665326
みらん
1999年生まれのシンガーソングライター。
包容力のある歌声と可憐さと鋭さが共存したソングライティングが魅力。2020年に宅録で制作した1stアルバム『帆風』のリリース、その後多数作品をリリースする中、2022年に、曽我部恵一プロデュースのもと 監督:城定秀夫×脚本:今泉力哉、映画『愛なのに』の主題歌を制作し、2ndアルバム『Ducky』をリリース。その後、久米雄介(Special Favorite Music)をプロデューサーに迎え入れ「夏の僕にも」「レモンの木」「好きなように」を配信リリース、フジテレビ「Love music」でも取り上げられ、カルチャーメディアNiEWにて作家・小原晩と交換日記「窓辺に頬杖つきながら」を連載するなど更なる注目を集める中、新曲「天使のキス」を配信/7inchにてリリースする。
小原晩(おばらばん)
作家。1996年東京生まれ。2022年3月、初のエッセイ集となる『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。