人が生きる上で抱える闇を見つめ、叩きつけるようなギターの音に乗せて世間にも自分にも鋭い問いを突きつけてきたバンド——鈴木実貴子ズ。作詞作曲を手がけるGt / Vo鈴木実貴子の、妥協のない表現を目指そうとするアーティストとしての姿勢は、時として日常生活をも圧迫する。
アーティスト人生について回る特有の辛さにどう向き合えばよいのか。音楽業界で長く活躍する、産業カウンセラーの手島将彦がアーティストとの対話を通して、「アーティストの心のこと」を考えるシリーズ第1回は、自らの責任を果たそうともがきながら「アーティストへのケアが必要では?」と疑問を投げかける鈴木との対談をお送りする。
話題はアーティストの悩みの本質から、音楽業界のシステムにまで大きく広がった。そこから見えてきたものは?
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落ちた分だけ幸せになれる「自傷的」な創作行為
─今日はありがとうございます。アーティストが心のことを話すのは勇気がいると思うのですが、どうしてお引き受けいただいたのでしょう?
鈴木:5、6年前に雑誌でインタビューをしてくださった方が、手島さんの著書(『なぜアーティストは壊れやすいのか?——音楽業界から学ぶカウンセリング入門』)をおすすめしてくれて、送ってくれたんですよ。それで本を読んでいたので、今日はその手島さんに無料でカウンセリングしてもらえる、ラッキーって(笑)。
それからSNSもフォローしています。手島さんがよく卵焼きの写真をアップロードされているのも見てます。

手島:ありがとうございます。卵焼きはね、お砂糖しか入れていません。色々試してみてうちの娘が「これが一番美味い」ということで。
鈴木:めちゃくちゃ美味しそう。
─手島さんは昨日、鈴木実貴子ズのライブに行かれたそうですね。
手島:10年ぶりくらいなんですけど、昔はいい意味で石がガツンガツン飛んでくるみたいな感じでしたが、久々に見てなんかこう「伝えたい」という気持ちを感じました。
鈴木:それ、よく言われます。昔は痛かったけど、久しぶりに見たら包まれてるっていうか、届く表現に上がったと言われることがあるので、意識はしていないけれど何かしら変化しているんだと思います。
手島:あと、単純に出ている音が気持ちよかったです。
鈴木:それはよかった(笑)。
─今日はどんなことをお話ししたいと思っていらっしゃいましたか?
鈴木:そうですね。なんか……ものを作る時に、ピンクのものを作りたかったら、赤まで行かなきゃいけないという感覚があるんですよ。日常生活を送るだけならピンクで済むのに、作品を作るとなると赤まで濃くしなければいけない作業が、とても自傷的だなって思う。
手島:自傷的。
鈴木:ピンクの状態のものを作って伝えるには、自分がもっと濃いものを持っていないとその色を表現できない気がする。泣いているぐらいの表現でいいのに、震え泣く、までいかないと伝わるものが出てこないような感覚。創作という作業がなかったらそこまでしなくてよいのに、ぐっと落とすところが一番辛いかもしれない。

アコギとドラムの2ピースロックバンド鈴木実貴子ズのVo / Gt。2012年結成、2024年10月メジャーデビュー。生活で感じる闇、疑問や絶望、そこからわずかに見える光・希望を楽曲に落とし込み、圧倒的なボーカルで表現する。
手島:辛いんですか?
鈴木:辛い。うん、それは辛い。ただ、出来上がった時はもう、ありえないぐらい嬉しい。そしてそれをメンバーや他の人が褒めてくれたら、もう本当に何物にも代え難い幸せっていう。褒められた時に、それまで落ちた分だけ幸せになれる快感みたいなのがあるから、逆に日常生活であまりはしゃげなくなるというか。
手島:スポーツ選手でも、練習は辛くて嫌いだけど、目標を達成できたら楽しい、ということがあります。自分がやりたいことのためや何かの目的のために頑張るとか、ちょっと辛い思いをするというのは必ずしも悪くないんです。
ただ、音楽に限らず創作活動において、「なんでもいいからとにかく苦手を克服せよ」「とりあえず努力せよ」ということを言われると「なんで?」という疑問が湧いてきます。目標や目的がなくて苦手克服自体を目的とするとあまり良くないですね。また、辛さや苦しみは創作活動の前提として絶対に必要な条件ということではありません。何事も、やりすぎるとスポーツと同じように怪我をするので、日常生活に支障が出ないよう自分にとってトータルでプラスになるようにバランスが取れればいいのかなという気がします。

産業カウンセラー、音楽専門学校講師、保育士。ミュージシャンとして活動後、マネジメント・スタッフを経て、専門学校ミューズ音楽院で講師と新人開発を担当。「文化・芸能業界のこころのサポートセンター Mebuki」所属カウンセラー。著書に『なぜアーティストは壊れやすいのか?——音楽業界から学ぶカウンセリング入門』『アーティスト・クリエイターの心の相談室——創作活動の不安とつきあう』等がある。
鈴木:日常生活への支障ってどの程度のことですか?
手島:健康や睡眠に支障が出てきたらもちろん問題なんですが、そういうことではなくて、傍から見て「それまずくない?」と思っても、本人は「何が?」ということだってありますよね。例えば部屋が散らかっているとして、本人は問題がないんだけれど、「片付けなよ」と言う人がでてくるわけですね。そうすると片付けられない自分はダメなんじゃないかと思う。でも本人がそれで本当に困っていないんだったら別にいいんですよね。
あとは、本人は困っていないけれど、周りが困っていることもありますが、その場合でもよく考えてみるとその周りの方も実は困っていない、ということもあります。その人にとって「部屋がそういう状態になっているということが単に気に入らない」というだけで、その人自体は別に困っていないっていう場合もあります。だから大事なのは「本当に困っているのか?」という話なんですよね。
鈴木:じゃあ、うちの場合は(創作の)サイクルができているから別に間違っていない?
手島:良い悪いでいったら、別に良いんじゃないでしょうか。ただ、トータルでマイナスの方が上回ってしまって、本当に困っていたら、ちょっとバランスを取るなり、何か対策を考えなきゃいけないです。パッと困りごとが出てこないのであれば、困っていないのかもしれません。逆に本人が問題自体に気づいていないということもありますから、それを防ぐためには他者の視点も大切です。カウンセリングはそういうことにも役に立つと思います。
鈴木:そうかもしれない……。やっぱりきついけど、「気持ちいい」が勝つからやっているみたいな感覚があるからね。それによって周りに迷惑かけているかもしれないけど。

手島:周りも本当に迷惑だと思っている時と、そうじゃない時がありますからね。本当に「勘弁して」みたいな時は、ちょっと調整したほうがいいとは思いますけど。
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「365日中どのくらい孤独な日があるかと数えてみる」(手島)
─創作をしていると周囲との間に溝ができる、孤独を感じるということがあるとお聞きしました。
鈴木:友達はできないですよね、やっぱり。ものを作る人って、そういうものなのかなと思いますけど、こもりがちっていうか。
手島:うん。ものを作る人は、そもそもこもれないと作れないですよね。
鈴木:だから……いいんですよね? いいと思います。でも……寂しいですけど、すごく。
手島:世の中一般に言われている「友達」という言葉に引っ張られすぎているということもありますね。人との関わりは生きていく上でとても大切なことですが、どういう人を友達だと思うかは人それぞれだということもありますし、どういうときにどういう人の存在が必要なのか、ということと、それが友達でなければならないのか、ということを考えてみると、そこは必ずしも一致しないかもしれません。そして、結局先ほどと同じ話ですけど、本当に困っているかどうかという話なんだと思います。
鈴木:確かに。本当には困っていないんだろうなと思います。友達が欲しいなとは思うけど。

手島:もちろん「困り感」を軽視するわけではないし、孤独はいろんなメンタルの問題の原因になり得ますから、孤独感が強すぎてしんどい、みたいな話になったら、やはり何か対策を考えたほうがいいんですが、あえて数字で出しますが、365日中どのくらい孤独な日があるかと数えてみると、孤独を感じるのは1年のうち30日くらいしかないとかね。もしそうだとすると、年の10分の1のことなんですよ。
例えば、世間体を気にして音楽をやめるというパターンって、結構多いんですよね。何歳までに〇〇しなきゃいけないとか。ただ、その世間体の圧みたいなものを感じるのは、年に1度親戚で集まった時とか、たまに親と話すその前後10日間とか。その時は「うわっ」と思ったりしますけど、その1年に数回しか起きないことで、その後何十年分の人生の選択を決めてしまうことが結構若い人にはあります。
鈴木:めっちゃそう。
手島:SNSで「100いいね!」をもらっても、1つひどいリプライがつくとそれが気になってしょうがないとか。よくよく考えるとそれってたいしたことじゃないかもしれない。
だから、孤独に限らず、たまに「ズーン」と心にくる衝撃というのは、もちろんそれを侮ることはよくないですが、全体で俯瞰して見直してみるのが良いと思います。

鈴木:確かに、友達欲しいって思うのも1ヶ月に1回くらいの話かも。友達というか、単に「人と喋りたい」くらいのことかもしれない。本当に自分が求めているかどうかっていうのはポイントですね。
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「ビジネスのテンプレートが決まっていて、そこにはめ込むしかやりようがないというか」(鈴木)
鈴木:ちょっと話が変わりますけど、音楽業界での仕事って、例えばうちの場合、次アルバムが出ます、レコーディングが終わりました、一生懸命作った曲たちが形になりましたさあツアーがはじまります! ってやっている時に、「じゃあ、次のアルバムは? その次は?」って言われるのですよ!
手島:言われますよねー。
鈴木:それが本当に「どうなん??」って思っちゃう。それこそ、アーティストへのケアが必要なんじゃない? ってちょっと思うんやけど。
手島:ビジネスだからっていうのはもちろんあるんだけれども、「本当にそのルーティンがこの人に合っているんですか?」ということをちゃんとスタッフとアーティストで話し合いましたか? というのは聞きたいですね。
鈴木:大体が、「1年1枚アルバムを出す契約」とかっていうテンプレートがあるんですよ。
手島:そのテンプレートが、ビジネスとしても本当に最大限利益を生むテンプレートなんですかって話なんですよね。僕も音楽業界でスタッフとして働いていた時に実は疑問に思っていたんだけど、このサイクルがアーティストに合っているんだったらいいですけど、合っていないんだとすると、むしろ利益を生まないということだってあるわけですよね。
鈴木:うん、ある。

手島:今の時代、例えばアーティストさんのスタイルによっては、必ずしもツアーとかやらないほうがいい人だっているわけですよね。アルバムがそもそもいるの? っていうことも、人によってはあるわけじゃないですか。ビジネスとして考えた時に、本当にそれがいるのかということを話し合ってみたかどうかは、結構大事だと思います。
鈴木:結局、テンプレートが決まっていて、そこにはめ込むしかやりようがないというか。こっちもマネジメントに言えないし、何か言うイコール才能がないのを認めるような気になるんよ。「うちは、3年に1枚しかアルバムを出せないペースなんで」って言ったら、自分を下げるというか、才能がないのを認めているみたいで口に出したくないし。
手島:才能あるなしというより、例えば農作物でいうと、その作物の育て方をちゃんとわかっているのか? っていうことだと思います。
鈴木:ああ、そうですね。でもその農作物、1種類しかないって思われている感じがする。
手島:なんかこう、その農作物に合っている気温なり、水の量なり、収穫時期なりっていうのがあるわけですよ。なんだけど、スタッフサイドが「この環境でこのペースで収穫したい!」とやっていると、それに合う人はいいけど、合わない人の場合は結局腐ったり。
鈴木:実がならなかったり。
手島:実がなったとしても小さかったり。もしかして、違う土壌で3年くらいかけて育てるとすごくいい果実がなったかもしれないのに、「小さい実しかなりませんでした。売れませんでした、才能ないね」って。「いやそれは育て方が悪いだろ!」 みたいなことだってやっぱりあるわけですよ。
鈴木:私以外でも今、めちゃめちゃそれは起きている気がする。

手島:これは、ビジネスの話をする時に結構勘違いされているんだけれども、「実は損してないか?」って話なんですよね。本当はもっとお金になった人なのに、そうやって潰している人がたとえば10組中8組くらいいて、たまに1、2組当たる利益で回収しているけど、残りの8組だって実はお金になったかもしれないと思いますね。音楽業界を30年間くらい見てきて。
スタッフサイドにも薄々そう思っている人もいると思うんですよ。だけど、いろんな会社のしがらみとか、体制とかで、上から言われちゃうと……みたいな。
鈴木:扱うものがなまものだからケースバイケースなのになって、すごく思うけど、成功例のテンプレートをやっぱりはめられるよね。
手島:なまじ1、2例大成功したのが出てくると、「あの人を見習え」になってしまうんですよね。
鈴木:で、後追いをやってみて、この人には合いませんでした、無理でしたってね。
手島:基本的にはみんな一人ひとり違うんですよね。だから、僕もアーティストのメンタルヘルスについて本を書いていますが、自分で言うのもなんだけれども、あれは一般論としてこうだと書いているわけで、例えば相談に来た方が本の事例とは全然違うということだってやっぱりあるわけですね。基本はこうだけれど、文字通り受けとめて全てに当てはめる必要はないんです。とにかく「一人ひとり違うから一人ひとりを見る」ということだと思います。