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山中瑶子監督が語る『ナミビアの砂漠』。奇跡の縁を持つ河合優実との共作は社会との苦闘

2024.9.6

#MOVIE

映画監督・山中瑶子。生前の坂本龍一も激賞した『あみこ』(2017年)で一躍、注目を浴びた才能だ。そんな才能に心惹かれた人物がもう1人。それがドラマ『不適切にもほどがある!』や映画『あんのこと』『ルックバック』に出演し、大活躍する俳優・河合優実である。

高校時代の河合は『あみこ』を観て、山中監督に直接ファンレターを渡したと多くの媒体で語っている。そんな河合の山中監督への愛がついに実現したのが2024年9月6日公開の『ナミビアの砂漠』。河合は、自分を大切にしてくれる恋人を平気で裏切り、仕事も惰性で続けているような主人公カナを演じている。一見すると、理解しづらい人物であるカナの物語を、どんな思いでつむいでいったのか。監督本人に聞いた。

はじまりは、一通の手紙だった。主演・河合優実との縁

―主演・河合優実さんが高校時代、山中監督の『あみこ』を見て、監督の映画に出たいと言われたそうですね。

山中:ポレポレ東中野での上映後に、手紙を手渡しでもらいました。そこに「女優になります」「いつかキャスティングリストに入れてください」って書いてあったんです。

山中瑶子(やまなか ようこ)
1997年生まれ、長野県出身。日本大学芸術学部中退。独学で制作した初監督作品『あみこ』が「PFFアワード2017」に入選。翌年、20歳で「第68回ベルリン国際映画祭」に史上最年少で招待され、同映画祭の長編映画監督の最年少記録を更新。ポレポレ東中野で上映された際は、レイトショーの動員記録を作る。本格的長編第一作となる『ナミビアの砂漠』は「第77回カンヌ国際映画祭 監督週間」に出品され、女性監督として史上最年少となる「国際映画批評家連盟賞」を受賞。

―そして、河合さんは本当に役者として活躍されていくわけですね。そんな出会いから、今回の企画にはどうつながったのでしょうか?

山中:もともとは全く別の原作モノの企画が約3年前に立ち上がって。原作を読んで、その主人公が河合さんにピッタリだなと感じて、オファーしました。1年半くらいその脚本を練るのに時間をかけていたんですが、撮影のための準備稿を出さないといけないタイミングでかなり煮詰まってインドに逃避したんです。

そこで今の自分ではその企画を全うできないとはっきりわかって、降りたいと申し出ました。そうしたらプロデューサーが「せっかく河合さんも待ってくれていたからオリジナルで好きにやってみない?」と言ってくれて、それで急遽企画変更になったんです。

主人公カナ役を演じる河合優実 / 『ナミビアの砂漠』場面写真 ©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

―では最初は原作ありきで、河合さんとマッチしそうということで一緒にお仕事する方向になったんですね。

山中:そうですね。ただ実は、4年くらい前に人づてで「河合さんが一緒にやりたいと言ってくれているよ」と聞いたんです。『あみこ』から2年くらい経っていて、その頃には河合さんの活躍を見る機会も増えていたのに。「あの手紙で書いてくれていたことは本当なんだ!」とうれしくなって、いつか機会を見つけて一緒にやりたいとは思っていました。

―原作ものからオリジナルへと企画が変更になって、どう脚本を膨らませていったのでしょうか?

山中:まず私自身が、どういう河合さんが見たいかということを考えました。それで出てきた主人公像が、無責任で自分勝手だけど、どこか憎めないところのある人だったんですね。

そこから自分の好きな映画や気になるテーマ、男性2人が出てくるというざっくりとした設定とかをバーッと書き出していって、1本の映画になりそうな要素を見つけていくという普段通りの作業をしました。すると「逃走から闘争へ」というワードが浮かんできたんです。まだ脚本として書き出せる状態ではないけれど、そういう地図みたいなものは大きくなっていて、「いける!」と感じはじめました。

『ナミビアの砂漠』予告編
あらすじ:21歳のカナ(河合優実)は何に対しても情熱を持てず、恋愛ですらただの暇つぶしに過ぎない。同棲中の恋人ホンダ(寛一郎)は家事などもやり献身的にカナを喜ばせようとするが、彼女は自信家のクリエイター・ハヤシ(金子大地)との関係を深めていくうちに、ホンダの存在を重荷に感じる。

作品タイトルに託したもの。安全圏にいる私たちの欺瞞に満ちたまなざし

―タイトルはなぜ『ナミビアの砂漠』になったんですか?

山中:構想となる地図を実際に脚本に落とし込んでいく段階で、河合さんが演じるカナという人物像があまり見えてこないなと感じるタイミングがありました。カナはいつも誰かと一緒にいるけれど、家に1人でいる時間は何をしてるんだろうと考えたときに、実際にYouTubeで配信されているナミビアの砂漠のライブ映像のこと、それを自分が見ていた時期のことを思い出したんです。

ナミビアの砂漠を移し続けるチャンネル。劇中、カナがこのチャンネルを見るシーンが複数回、登場する。

山中:それで調べていたら、あの映像に出てくる水飲み場が人工的なものだと知りました。国立公園が運営しているチャンネルなんですが、あえて言い方を悪くすると、動物をおびき寄せて我々に見せてくれているんだと思ったんです。

世界最古といわれている砂漠で、ナミビアとは「何もない」という意味らしいんですが、「めちゃくちゃ人工的な介入がここにまであるじゃん!」と驚いて。チャンネルの収益が還元されて、土地や動物たちが潤うのは良いことだと思うんですが、見ている私たちはいつでも手軽に安全圏から見ることができて、癒されている。そうした距離感のズレに社会の欺瞞のようなものを感じて、この作品とマッチしていると感じたんです。

―距離感のズレですか。

山中:カナは身近な友達や恋人は粗雑に扱うけれど、少し距離のある隣人や、医師の話は意外と素直に聞けるところがある。でもそれは普遍的なことだと思うんですね。親の言うことはすんなり受け入れられないけど、よく知らない人のアドバイスには耳を傾けてしまうとか。

そうした他者との距離感って、ナミビアの砂漠の配信を見てボーッと癒されるときに、フレームの外のことは考えもしないということと近いのではないかと思いました。無責任だからこそ、遠いところに思いを馳せられるのかもしれないなと。でもこれは私が勝手に考えたことなので、観た人は自由に楽しんでほしいとは思います。

カナ / 『ナミビアの砂漠』場面写真 ©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

―カナというキャラクターは生命力やエネルギーに溢れていて、タイトルも手伝って動物的な魅力のある人物にも見えました。

山中:世界に疲弊しているのに、感情が全身にいっぱい出ていますよね。私もカナが大好きです。

登場人物の役柄や、口ずさむ歌など。臨機応変さが作品に与えたスパイス

―友人や恋人をないがしろにする一方で、隣人などの言うことを聞くというカナの役柄が示すように、登場人物がみんな単純な人物像ではなかったですね。一見するとカナとの衝突が多いハヤシ(金子大地)も、最後までカナを見捨てない人物という側面もあります。

山中:それぞれのキャラクターのキャスティングが決まった段階から、その役者に合うようにセリフの語尾や言葉遣いを変えていったんです。そのときに「こういう役だからこういう言い方」というような固定されたイメージに揺らぎが生じるんです。

ハヤシはもっと嫌なやつにもできたし、脚本上ではそう読めるときもあったんですけど、金子さんとのリハーサルを通して、セリフを日々直しているあいだに変わっていきました。金子さんと会って「面白い人だな」と思うと、その気持ちで改稿していくので、ご本人の良さがキャラクターに影響しているんだと思います。

左から、カナ、ハヤシ / 『ナミビアの砂漠』場面写真 ©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

―演じる俳優の影響で、脚本が変化していったんですね。

山中:今回はこれまでと違って、私がかっちりと決めたフィールドの中で皆さんに演技をしてもらいたいという気持ちがなかったんです。そういう映画の作り方があんまり楽しくなくなってしまったので、もっとそもそもの俳優が持っている良さを生かしたいと思いました。

―だからみなさん、役にハマっていたんでしょうね。河合さんもリハーサルや撮影を通して印象が変わっていきましたか?

山中:カナって、私にとっては普通の人ですが、人によっては理解できないところがあってもおかしくない人物だから、河合さんに伝わるかなという不安は当初あったんです。今まで河合さんの演じてきた役とは違うものを書きたいとも思っていましたし。当て書きはしたけれど、実際にカナ役がどこまで合っているのかはわからなかったんです。

でも最初の本読みの第一声から、発声が「まさにカナだ!」という感じで、ビックリしてしまって。そこから撮影の最後まで日々、ビックリが更新されていきました。私はセリフは書いた通りに言ってもらいたいタイプなんですけど、状況によっての声色の使い分けとか、身振りの演出をこちらがつけていないところの河合さんの出してくるカナが、あまりにもカナすぎて。日々、書いた私の想像を超えたものが撮れている感覚がありました。

―カナと、隣に住む遠山ひかり(唐田えりか)が2人で焚き火をするシーンで、”キャンプだホイ”が聴こえてくるのが印象的でした。あれは脚本の段階であったのですか?

山中:じつはすごく奇跡的な話があってーーー。撮影前に焚き火の具合をチェックする時間があったんですが、そのときに美術進行のスタッフが、”キャンプだホイ”を口ずさんでたんです。でも私はその歌を知らなくて「何それ? マイムマイムじゃないの?」となって。その場にいた何人かのスタッフの半数は知っていて、半数は知らなかった。それで知っているスタッフがみんなで歌ってくれたんです。

https://www.youtube.com/watch?v=g8r9Xok7k6g
ボンボンアカデミー”キャンプだホイ”。オリジナルはマイク真木の作詞・作曲

山中:火に当たりながらそれを聴いていたらすごく良い歌詞で、しかもこのシーンと2人の関係性を物語るような感じがして、「絶対に使いたい!」とその場で思って。そのまま撮影が終わったあとに河合さんと唐田さんに「今これを覚えてください」とお願いして、その1発目を採用しました。2人とも初めて歌ったから頼りない歌声なんです。そんな歌声も含めて奇跡的にこの場面にハマってくれた。ラッシュを見たときに、このシーンで思わず泣いたんです。

「本当の気持ちと向き合う余裕がなかった」。20代の監督を追い込んだ情報過多社会

―前半は身勝手とも言える自由奔放なカナの姿が見られますが、途中からカナのメンタルが混乱していきますね。メンタルヘルスの問題を扱った作品のようにも見られますが……。

山中:カナは明確にメンタルヘルスに不調を抱えた設定として書いてはいないんですよね。中島歩さん演じる医師もはっきりと診断していませんし。カナを21歳という設定にしたんですけど、そのくらいの年齢のときの、気持ちと振る舞いのあいだで生じるズレを描こうと考えていました。ただ、当時の自分のことは思い出せても、20代後半になった私はすでに今の年下の人たちが何を考えているかわかんないんですよ。だから年下のスタッフとか、河合さんにもいっぱい話を聞きました。

そうしたら、みんな私のとき以上に諦め前提で生きている感じがするんです。生まれたときから不景気で、夢や目標があることすら恵まれているというか、「がんばっても仕方ない」という諦念がすごく伝わってくる。

『ナミビアの砂漠』撮影中の山中監督と、スタッフ、キャストたち

―未来に希望が持てなくなっているんでしょうね。

山中:そりゃあこんな感じの世界で生きていたらそうなるよなとも思うんです。わざわざ言わなくても、日本が終わっていってるムードは誰にもわかると思うんですよ。日本だけじゃなく。そうした中で、20歳前後で急に社会に放り出されて、すさまじい情報量と物質量に溢れた世界で毎日、自分の責任で何かを選び取らないといけない。

かつての自分を思い返してみても、生活や生きることって選択の連続だけど、いちいち考えて躓(つまず)きたくないからただ「こなす」ようになり、それが積み重なって、本当に好きなものがわからなくなってしまうということがありました。その後コロナ禍で何もしなくていい時間が増えたときに、何をしたらいいのかわからなくなってしまった。

山中:「考えるのを放棄してきちんと向き合ってこなかったツケが回ってきたから、何もわからなくなっていたんだ」と振り返って思います。自分の本当に感じている気持ちと律儀に向き合うのは疲れるから、後回しにしがちなんですよね。時間が経つと「あのとき、あれは嫌だったな」とか思い返せるんですけど、その瞬間はうやむやにしちゃうことってあるんじゃないかなと思うんです。本音と、対外的に振る舞わなければいけない自分の身体のあいだに、矛盾が生じてズレが生まれると思うんです。今作ではそれを描きたいと思って。

自分の気持ちと、他者への態度のズレ。自分の内側とどう向き合うか

―たしかにカナは自身のズレについて、コントロールの困難さを抱えているように見受けられました。それは、カナのつんのめるような歩き方からも伝わってきます。

山中:若いときはエネルギーを持て余しているというのもあると思います。体力はあるのにコントロールできないし、その使い方の意思もまだはっきりとしていない。それもあって、「手足の長さを余らせるような動きを感じたい」と思ってカナの動きを演出していました。

また外での振る舞いと本心のズレみたいな側面は、ホンダ(寛一郎)にも言えることです。50代以上の方はこのホンダというキャラクターには衝撃を受ける人も多いんですよ。「何、あの男性像?」みたいな感想もあって。カナに対する接し方が、もしかしたらひ弱に見えるのかもしれないですね。

左から、カナ、ホンダ / 『ナミビアの砂漠』場面写真 ©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

山中:でもホンダはカナとの関係性の中だからこそあのようなキャラクターであるだけで、会社とかではホモソーシャルな振る舞いをすることはあると思うんです。どっちが本当のホンダ、みたいな話でもなく、誰しもそういうものですよね。

ーそうしたズレに対して、先ほどおっしゃっていたような社会の理不尽さとともに、今作では「自分を見つめ直す」という側面も描かれていましたね。

山中:そうですね、それは自分自身の経験も影響しています。劇中で描かれるカウンセリングシーンでも「思考のクセ」みたいな言い方をして説明していたんですけど、私自身にも「思考のクセ」を持つ傾向があるなというのに20代後半に入って気づいたんです。

そのクセを自覚するようになったら、良い方向に物事が運ぶことも増えました。例えば「この人はこう言っているけれど裏できっとこういうことを考えているはずだから」ということを先回りして予測して振る舞ってしまうクセがあるんですけど、「他人の本心なんて絶対にわからないから、エネルギーを言外に割かないほうがいいですよ」みたいなことを教えてもらったんです。そこを意識して気をつけたら、それから人ととっても話しやすくなったし、疲れなくなりました。

『ナミビアの砂漠』にてカナがカウンセリングを受けるシーンの撮影風景。座席奥に座っているのがカウンセラー・葉山依役の渋谷采郁

―予測する相手の思考に合わせてどう振る舞うかよりも、自分の気持ちを素直に表せるようになったということですね。

山中:そうですね。自分の考え方を変えてみるのは大いにアリだなと思いました。ただし「世の中がおかしいからといって批判ばかりするのではなくて、自分を変えよう」という言説は嫌いです。むしろ自分のそうした思考のクセも、おそらく世の中の理不尽さによって培われてきた側面はあると思っています。

―山中さん自身、苦しんだ経験があるからこそ、観客にも訴えかけるものになっているのかもしれませんね。

山中:最近は当時を引いた目で見ることができるようになったおかげで、この作品に取り組めました。作りながら理解していくことも多かったですし、苦しんでいる渦中にいるときには、完成できなかったと思います。

『ナミビアの砂漠』

2024年9月6日(金)公開
監督・脚本:山中瑶子
出演:河合優実、金子大地、寛一郎、新谷ゆづみ、中島歩、唐田えりか、渋谷采郁、澁谷麻美、倉田萌衣、伊島空、堀部圭亮、渡辺真起子
プロデューサー:小西啓介、小川真司、山田真史、鈴木徳至
制作プロダクション:ブリッジヘッド コギトワークス
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
製作:『ナミビアの砂漠』製作委員会
©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会
公式サイト:happinet-phantom.com/namibia-movie
公式X(旧Twitter):@namibia_movie

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