一つの事件の真相を追う中で、様々な「夫婦」や「家族」や「同僚」の形を見せてきた『しあわせな結婚』(テレビ朝日系)。
視聴者は主人公・原田幸太郎(阿部サダヲ)と共に、事件の鍵を握る鈴木ネルラ(松たか子)など鈴木家の人々の掌の上で転がされ続けてきたが、最終回を前にした第8話で、事件の真相は明らかになった。
だが、レオの実年齢や五守の死の真相、そして本当のネルラと布施の関係など、最終回まで数多くの謎は残されており、ネット上でも多くの考察が繰り広げられている。
印象的な刑事・黒川竜司を演じる杉野遥亮など新たな一面を見せる俳優陣の演技も印象的な本作の後半・第6話~第8話について、毎クール必ず20本以上は視聴するドラマウォッチャー・明日菜子がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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“刑事・黒川”杉野遥亮、満を持しての出演

「15年前から、ずっと忘れられなかったのね、私のことが」「好きなの?」
第4話、あまりに躊躇いのない鈴木ネルラ(松たか子)の一言に、思わずドキッとした。戸惑う刑事・黒川竜司(杉野遥亮)の表情が、何よりもその答えを物語っている。「だからいたぶりたいの?」という追撃はかろうじて否定したものの、黒川が15年間抱えてきた想いが、事件だけに向けられたものではないことが明かされると同時に、不器用で一途な“恋する男”としての一面が一気に立ち上がってきたシーンだ。
黒川を演じる杉野は、GP帯の連続ドラマ初主演作となった『ばらかもん』(フジテレビ系)以降、プライム帯の看板を背負うことが格段に増えた。最近も、作品の規模や役柄に縛られず、順調にキャリアを重ねている印象だ。脚本・大石静と主演・阿部サダヲ、ヒロイン・松たか子というドリームタッグが実現したドラマ『しあわせな結婚』は、あらゆる作品で存在感を増してきた杉野にとっても、満を持しての出演作となった。
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幸太郎と同じく大石静からロマンスを託された黒川

杉野が近年演じてきた役と比べると、黒川は一段と大人びており、どこかミステリアスに見える。連続ドラマ出演作としては前作にあたる反町隆史とW主演だった『オクラ~迷宮入り事件捜査~』(フジテレビ系)で演じた不破利己とは、またどこか違う刑事像だ。黒川はネルラが容疑者となった15年前の事件現場に駆けつけた警察官の一人なのだが、事件以外の彼自身の背景は、第8話までほとんど語られてこなかった。
阿部サダヲが演じる主人公・幸太郎と同じく、黒川も、脚本家・大石静からロマンスを託されたキャラクターと言って良いだろう。15年前の事件をずっと忘れられなかった硬派で執念深い刑事――そんな印象は、本稿冒頭で紹介したネルラのセリフによって、一瞬で覆された。ネルラに振り回されつつも、レジェンド弁護士としてどっしりと構え、圧倒的な包容力で忌まわしい過去さえ受け止める“スパダリ”幸太郎。一方の黒川は、ネルラに対する片思いのもどかしさとままならなさを一身に背負ったキャラクターだ。長年、自分でも気づいていなかった想いを、ネルラ本人にずばり指摘された後、中華料理屋で一心不乱に麺料理をかきこむ黒川の姿。重ねて流れる主題歌“Don’t Look Back In Anger”の切なくも圧倒的な爽快感と、黒川の行き場のない想いの対比が鮮やかなシーンだった。
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第8話、悲しい愛の連鎖が明らかに

黒川や幸太郎のように、私たち視聴者もこのまま最後までネルラの掌の上で転がされ続けるのか……と思いきや、『しあわせな結婚』は最終回直前の第8話で、事件の全貌を明かした。ネルラ(松たか子)の大学時代の恋人で、新進気鋭の画家・布勢夕人(玉置玲央)を殺めてしまったのは、幼き日のレオ(板垣李光人)だったのだ。
事件発生は15年前。鈴木家が所有する倉庫で、階段から転落し、死亡した状態の布勢が発見された。遺体の頭部には、大きな損傷があり、事件性が疑われたものの、事件当時は結局、「事故死」として処理される。だが、当時からネルラを怪しんでいた刑事・黒川(杉野遥亮)は後に、15年の歳月を経て再捜査に乗り出した。婚約者という布勢と最も近しい関係にあり、事件当日に激しい口論を交わしていたネルラ、そして、レストラン経営に乗り出すために金銭的な支援を求めた布勢をたしなネルラの父・寛(段田安則)へと、疑いの目は向けられてゆく。
しかし、再捜査が始まったことを幸太郎が家族に打ち明けた翌日。自ら警察に出頭したのは、鈴木家を縁の下で支えつづけてきたネルラの叔父・孝(岡部たかし)だった。孝は警察からの事情聴取に、首を絞められていたネルラを助けるため無我夢中になり、その場にあった燭台で布施の後頭部を殴ったと語る。
その後、孝に弁護の申し出を断られてしまった幸太郎は、自らの手で真相を掴むべく、ふたたび事件について調べ始める。懇意の法医学者・児玉(佐々木蔵之介)の見立てで、布施の頭部には、それぞれ違う形状の打撲痕が2つあることが判明した。孝の供述通り、布施の部屋にあった燭台が凶器であることは間違いないが、明らかに打撃の角度が一致していない。――つまり、布勢を殴った犯人が、孝の他にもう一人いるのではないか。燭台を両手で握りしめ、覆い被さるようにして布施を殴った人物が。
ネルラが耳にした孝の「お前はやっていない」「いいか? この人を殺したのは俺だ、わかったな」という言葉は、布施に首を絞められ意識を失ったネルラではなく、その人物に向けられていたのではないか。幸太郎の推理は、無惨にも幼き日のレオと結びつく。孝はレオを守るために。レオはネルラを守るために。ネルラも罪を犯したレオを守るためにと、鈴木家の悲しい愛の連鎖が続いていたことが判明した瞬間だった。
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ネルラが纏い続けてきた不気味さを生み出したもの

思い返せば、ネルラには初登場の頃から、得体の知れない不気味さを感じさせられていた。演じる松たか子は、掴みどころのない中年女性を演じさせれば、いまや右に出る人はいないだろう。
子どもみたいな奇妙な寝相、何を言い出すかわからない危うさ、ちょっとテンポのずれた会話。そんなところも含めて愛していた幸太郎は、第8話で真実に向き合う覚悟を決め、「万が一君が犯人だったとしてもそれは受け止めるよ」「どんな君でも愛すよ」と、さながらプロポーズのような言葉を送った。社会的立場を背負う幸太郎からの「どんな君でも」は一段と重い。
けれど、その思いはネルラに届かない。レオに自首を促した幸太郎を激しく責め立て、「もう一緒にはいられない」と、ついには離婚を突きつけて来るのだった。
「そうやって15年、みんなで頑張ってきたのよ」「考ちゃんだって、自分の人生をかけて、レオと家族を守るつもりだったのに、それをぶち壊すなんて」「はたから見れば間違ってるかもしれないけど、レオを守り通すことがうちの家族の真実だったの」
記憶を無くしていていたはずのネルラが、なぜ「15年、みんなで頑張ってきた」と言ったのか。まるで事件の真相を知っていて、あえて撹乱させてきたような口ぶりにも聞こえたが、事件に関する記憶を失っていたことは紛れもない事実だろう。
ただ、ひたすらにネルラを突き動かしていたのは、幼い頃に目の前で亡くなった弟・五守の分まで、レオを守らなければならないという義務感ではないか。それは孝も同じで、鈴木家全体に漂う奇妙な空気感ともつながる。そして、それこそが、ネルラが纏う不気味さを生み出したものと言えるだろう。寝相も言動も彼女のちょっと独特な個性にすぎない。私たちがネルラに抱いていた違和感の正体は、その根底にある「歪んだ家族観」にあったのだ。