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『半径5メートル』での“オバハンライター”から“関西のおばちゃん”への変化

経営難で店を畳み、昼も夜もアルバイトに明け暮れていた葵。たった一人の生徒のためだけに開かれたお菓子教室は、いつしか彼女にとってもサード・プレイスになっていた。店を明け渡す決意をしていたものの、葵はベル・ブランシュを立ち上げた当初の目的を思い出す。自分のベストだと思うお菓子を、自分の手で作って、自分の手でお客さんに渡す。それこそが、本当にやりたかったことなのだと。お菓子教室の生徒であり、外資系企業のコンサルタントとして働く順子(土居志央梨)のアドバイスを受け、新生「パティスリー・ベル・ブランシュ」は、週2日の洋菓子店営業とお菓子教室運営のハイブリッド業態へと生まれ変わる。
本作を牽引する頼もしい存在といえば、自他共に認める“関西のおばちゃん”こと佐渡谷真奈美だが、佐渡谷役の永作は、2021年に放送された『半径5メートル』(NHK総合)でも、悩める子羊をグングンと引っ張る“おばちゃん”を演じたことがある。それが、女性週刊誌『女性ライフ』の名物「さすらいのオバハンライター」こと亀山宝子だ。彼女は、芸能スクープ班から生活情報班へと異動させられた若い記者・風未香(芳根京子)の背中を押すキャラクターだった。初対面でも心を許してしまうような親しみやすさを滲ませつつ、他人とは違う独自の目線で世の中を見据える。朗らかな雰囲気の中で、時折、ドキッとさせる一言で核心をつく。それが、永作が演じた亀山宝子だった。

一方の佐渡谷真奈美は、温かく包み込んでくれる母のような存在であり、目があったらニコッと手を振りながら駆け寄ってくる近所のおばちゃんのような存在でもあり、背中を追いかけたくなるような職場の先輩のような存在でもある。叫びながら現れた初登場シーンにはギョッとしたものの、回を重ねるごとに、ざっくばらんな彼女の中にある繊細さも見ることができるようになってきた。
ベル・ブランシュを居抜きで借りる人が見つかり、葵からお菓子教室がつづけられないことを告げられたときに佐渡谷が返した第一声は「でも、良かった。ね!白井さんの人生良くなってきた!」だった。舞い降りてきたバイト先での正社員の誘いを断り、もう一度、ベル・ブランシュを復活させようと意気込む葵の想いを聞いたときも、最初の一言は「あなたらしい」だった。また頑張りすぎて潰れてしまうんじゃないかと言いたくなる気持ちをグッと堪えて、ちょっと俯瞰したところから、やわらかい言葉をかける。軽やかな佐渡谷の姿はいつか私が憧れた「なりたい大人」そのものだ。
誰とでも仲良くなれるような気さくさがありつつも、料理研究家としての腕は随一。なによりも作り手に対してリスペクトがあるからこそ、頑なだった葵の心をも掴んだ。佐渡谷が授けてくれた数々の言葉を胸に、葵は本当に自分が進みたかった道へと走り出したのだ。