様々な形態で活動を続けるピアニストの上原ひろみは、作品毎に数多くの取材も受け、その作品に至った動機などをしっかり言葉で伝えようとするミュージシャンだ。2023年に結成した4人組の新バンド「Hiromi’s Sonicwonder」として2作目『OUT THERE』を4月4日にリリースする今回も、バンドについて、アルバムについて、いくつかの媒体で語ることだろう。ならば当サイト「NiEW」では少し違った切り口で話を聞いてみたい。何について聞こうか。そう考えていたところ、編集の酒井から「『上原ひろみにとって、歌とは?』というテーマでインタビューするのはどうか」という提案があった。
上原ひろみは、歌うようにピアノを弾くミュージシャン。以前からそのように感じていたので、彼女が「歌」についてどう考えているかを聞いてみるのは、なるほど面白いかもしれないと、そう思った。新作『OUT THERE』には“Pendulum”という曲がシンガーソンクライターのミシェル・ウィリスをフィーチャーしたボーカル入りとピアノソロの2バージョンで収録されており、ボーカル入りを録った経緯について聞くことでこの新バンドの個性と「歌」に対する上原の思いも見えてくるのではないかと、そうも思った。
というわけで、ボーカル入り楽曲“Pendulum”についてと、「歌」について、話を聞いた。
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役者ありきで脚本を書くように作曲した『OUT THERE』
―新バンドのHiromi’s Sonicwonderを結成して2023年5月からワールドツアーを開始。同年9月に『Sonicwonderland』を発表し、今回のアルバムが2作目となります。初ツアーのスタートから数えると約2年が経つわけですが、バンドの育ち方はいかがですか?
上原:結束力が非常に高まって、「バンドになったな」って感じがしますね。阿吽の呼吸が増したし、さっとフォーメーションを組めるようになった。なので、このバンドでもう1作作りたいなという気持ちが自然に生まれたんです。前作のときは、やりたい音楽のコンセプトが先にあって、メンバーを探してレコーディングという流れでしたけど、今回はこのメンバーが輝くように曲を書いていくという、前作とは逆の発想でした。役者ありきで脚本を書くみたいな楽しさがありましたね。ツアーのなかで音を重ねれば重ねるほど、彼らにこういうものを弾いてもらいたいな、こういうグルーブが出るように叩いてほしいなといったふうに、いろんなアイデアがどんどん浮かんできたんです。

1979年静岡県浜松市生まれ。バークリー音楽大学在学中にジャズの名門テラークと契約し、2003年にアルバム『Another Mind』で世界デビュー。以降、自身のトリオ、プロジェクト、ソロ、またチック・コリア、スタンリー・クラーク、矢野顕子らとのコラボレーションアルバムを次々に発表。第53回グラミー賞「ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」受賞、米『ビルボード』ジャズ総合チャート1位、『ダウンビート』の表紙を2度飾るなど、世界的に活躍する。2023年の映画『BLUE GIANT』では音楽監督を務め、日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。2025年4月に発売されるHiromi’s Sonicwonder 『OUT THERE』は、14枚目のリーダーアルバムとなる。
―メンバーであるアドリアン・フェロー(b)、ジーン・コイ(ds)、アダム・オファリル(tp)のプレイについて、ツアーやレコーディングを通して改めて感じたことはありますか?
上原:3人ともに言えることですが、とにかく人の音をよく聴いて反応を返す能力に長けているんです。その瞬発力の高さに感心させられますね。なんか笑っちゃうほど早いんですよ。だからみんなでニヤニヤしながら演奏している瞬間も多くて。今回のレコーディングで特に感じたのは、それぞれがこのバンドのなかでの役割をわかっていて、「ここでは自分は引いてあいつを立てよう」といった押し引きが上手くなっているってこと。お互いがお互いを輝かせることが3人とも上手くなったなと感じました。
―なるほど。では新作の楽曲についてお聞きしますが、このインタビューでフィーチャーしたいのはボーカルの入った“Pendulum (feat. Michelle Willis)”なんです。そもそもボーカル曲を入れようという発想に、どうしてなったんですか?
上原:このバンドのサウンドにボーカルがすごく合うなと思ったからです。
―どういうところが?
上原:ちょっとジャムバンド的な要素もありますが、演奏していてサウンドが非常にポップだなと感じるときがあって。やる人によっては難解に聴こえるようになるかもしれないことを、このバンドはポップに聴こえるようにやれる。そういうところがあるから、ボーカルも合うんじゃないかなって思ったんです。それでまず前作で1曲やってみました。
―“Reminiscence (feat. Oli Rockberger)”ですね。あの曲でオリーさんを選んだ理由は?
上原:彼はバークリー(音楽大学)時代の同期で、非常に好きなボーカリストだったので、いつか一緒に作品を作りたいなという思いがずっとあったんです。それで、曲を書いたときに連絡して一緒に作りました。
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ライブ感覚で録音した、ミシェル・ウィリスとの共演
―そして今作の“Pendulum”では、イギリス生まれカナダ育ちのシンガーソングライター、ミシェル・ウィリスをフィーチャーしています。
上原:ペンデュラムというのは振り子のことで、スウィング(=弧を描くような揺れ)と強いつながりがある。なので、バンドを入れてスウィング(=ジャズ特有の揺れるビート)でやりたいという気持ちがありました。英語の語感はすごくスウィングするものなので、この曲に英語の歌を乗せることを思い浮かべたときに、ミシェル・ウィリスがピッタリだなと思って。大好きなんですよ、彼女の歌声と世界観が。
―ミシェルさんの歌声のどういうところが好きなんですか?
上原:ブルージーで、スモーキーで。自分があんな声を持っていたら、ずっと歌っていたいだろうなって思わせるような魅力があるんですよね。
―お知り合いだったんですか?
上原:いえ、彼女のことは(ミシェルが参加した)デヴィッド・クロスビーのアルバムで知りました。それから彼女のオリジナルアルバム(2022年の『Just One Voice』)をよく聴くようになって大好きになり、それでお願いしました。「自分は今こういう曲を作りたくて、ボーカルはあなたしかいないと思っているんだけど、どうでしょう?」と。初めましてでしたが、彼女はすごく喜んでくれて、レコーディングでは「すごくいい1日になった!」って言っていました。
―実際、一緒にやってみて、いかがでした?
上原:いい意味でエフォートレス(気負わず)にやれたというか。パッと馴染んで、サッと録れた感じです。せーの! でやって、「あ、もうできちゃったね」って(笑)。
―こんなふうに歌ってほしいといったディレクション的なことは?
上原:スタジオに入る前、「ここにこう歌詞をつけよう」とか「ここでトランペットが入ってきたら、一緒にこうやってほしい」みたいなことを先に話していたので、本番はスッと。ライブをやる感じで録りました。
―歌詞も共作なんですよね?
上原:もともとこの曲は私の書いた日本語詞のバージョンを矢野顕子さんとやっていて。「こういう歌詞があるんですけど、ここにこういうワードを入れたいです」「こういうことを伝えたいんです」みたいなことをミシェルに話して、英語詞として完成させてもらいました。彼女はもちろん英語ネイティブなので、当たり前ですけど、そのほうがフレージングとかも上手く書けますから。

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歌詞は、鼻歌を歌いながら自然に出てくる
―もとの日本語詞は上原さんが書かれたわけですが、どうですか、歌詞を書くという行為は。
上原:今までに5曲くらい書きましたが、誰かに書けと言われて書いたわけではなく、自分が曲を書くなかで自然に言葉が聴こえてきたものなんです。自然な流れでしか書かないし、書けないですね。
―メロディが言葉を呼ぶ、みたいな。
上原:そう。曲ありきで、自分が鼻歌みたいに歌いながら言葉が出てきたときだけそれを書いています。
―それは楽しい作業ですか?
上原:楽しいけど、誰かに歌ってもらって初めて完成する感じです。自分で歌ってみても全然ぴんとこないので。
―でも、一回歌ってはみるんですよね。
上原:歌ってみますね。でも、全然自分が思っているイメージとは違うなって必ず思うから。誰かに歌ってもらわないことには、いいのかどうかわからないです。
―自分で歌って録音しようとは思いませんか?
上原:全然思わないです。だって素人のカラオケみたいなレベルですから。
―でも、歌って上手い下手じゃなくて、その人なりの味だったりで成立することもあるわけですし。
上原:いやいや、それにしたって最低限のラインがあるじゃないですか(笑)。自分がミュージシャンとしてそこをクリアできていないことはわかるから。味になるレベルですらないという判断です。

―誰かに歌を聴かせたことはないんですか?
上原:矢野さんとやった曲を矢野さんの真似して歌うっていうのを、スタッフの前でやったことはあります(笑)。
―はははは。歌うことが好きではあるんですよね?
上原:好きですよ。でもシャワー浴びながら鼻歌を歌うのと人前で歌うのとでは意味が全然違うじゃないですか。私はバスルームシンガーでいいです。
―子供の頃はどうでした? 歌というものに親しんではいたんですか?
上原:よく自作の歌を作って、歌っていましたね。子供の頃ってみんなやるじゃないですか。それがこう、だんだんと羞恥心が芽生えるにつれてやらなくなっていくわけですけど。でも子供の頃はいろんなところを歌いながら歩いていました。リスナーとしても歌がある曲を聴くのが好きで、ずっと歌ものを聴いてきたところがあります。
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ジャニス・ジョプリンに甲本ヒロト……影響を受けたシンガー
―特に影響を受けたシンガーというと誰ですか?
上原:いっぱいいますけど、衝撃を受けたシンガーといえばジャニス・ジョプリンですね。魂の叫びって感じじゃないですか。こんなふうに自分はピアノで表現できたらいいなって思ったのを覚えてます。あとはサラ・ヴォーンやニーナ・シモンも大好きです。ニーナ・シモンのライブ映像を見ると、怖いぐらい歌に入り込んでいるじゃないですか。自分はこうはなれないなって、憧れと諦めを持って見ていました。あとはJackson 5、マイケル・ジャクソンも大好きでよく聴いたし、ジョニ・ミッチェルも。
―最近のシンガーで気になっている人はいます?
上原:RAYEが大好きです。
―いいですよね。この前のアカデミー賞の『007』パフォーマンスではアデルの“Skyfall”を堂々と歌っていました。去年の『フジロック』のライブも素晴らしかったですよ。
上原:私はまだライブを観たことがなくて。アメリカンミュージックアワードの中継で見たのですが、彼女は最高ですね。
―日本のシンガーではどうですか? 矢野顕子さんとはガッツリ共演されていますが、以前DREAMS COME TRUEと共演されたこともありましたよね。
上原:はい。吉田美和さんも大好きなボーカリストです。日本ではあと甲本ヒロトさんが好きで、ザ・クロマニヨンズのライブも行けるときには必ず観に行っています。それから去年、石若駿くんを中心とするイベント(『JAZZ NOT ONLY JAZZ』)に参加した際に初めてアイナ・ジ・エンドさんを拝見したのですが、素晴らしくて心が震えました。あとは中村佳穂さんも素晴らしいですね。
―佳穂さんのステージに飛び入り出演されたこともありましたもんね。その佳穂さんや矢野さんはピアノを弾いて歌をうたうわけですが、そういうスタイルに憧れたりしたことはないですか?
上原:私は小さい頃からずっとピアノというものに向き合ってきて、ピアノを弾きながら歌うということは考えたことがありませんでした。そういうスタイルがあんなふうに成立するというのも、矢野さんを見るまではそんなにわかっていなかったですし。まあ、矢野さんの場合は本当にピアノの延長線上に歌があって、歌の延長線上にピアノがあるような感じだから、特別なんでしょうけど。
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「寄り添う」演奏と「歌う」演奏
―話を“Pendulum (feat. Michelle Willis)”に戻すと、この曲でミシェルのボーカルに対して上原さんはどのようにピアノを弾こうと考えていたんですか?
上原:頭で「こう弾こう」と考えたことはなくて、単に「合わせていく」という感じでした。
―「合わせる」以上に、「ピアノで歌っている」ようなところもあるじゃないですか。
上原:そうですね。でも歌に寄り添っているというほうが自分のなかでは強いかな。ボーカルの人と一緒にやるときは、歌詞があって、その世界のなかに共にいるというようなイメージです。まあ歌の雰囲気にもよりますし、矢野さんとやるときはまたそれとは違いますが、ミシェルとのこの曲に関してはそういう感じですね。一緒に寄り添うというようなピアノが合うなと思っていました。
―曲の後半でアダム・オファリルのトランペットソロがあって、それは「歌っている」というのに近い印象があります。一方、アドリアン・フェローのベースとジーン・コイのドラムスはまさしく寄り添っているという印象で。特にアドリアン・フェローというベーシストは、ピアノだったりトランペットだったりボーカルだったりを引き立てる技に非常に長けているなと感じます。
上原:アドリアンは技術的なところがフォーカスされがちなんですけど、本当に「聴いて合わせる」ことが上手で。一緒にやっているソリストだったりボーカリストだったりを、彼の色付けで2倍にも3倍にも輝かせることができる。そこがまさしく彼の素晴らしさだと私は思っているんです。だから、そこを感じてくれた方がいるということを彼に伝えたら、すごく喜ぶと思いますよ。

―ぜひお伝えください(笑)。さっき“Pendulum”の歌詞は曲に呼ばれて出てきたと話していましたが、そのとき浮かんだイメージを言葉にすることはできますか?
Spin wide, spin light
Floating in a summer mind
Watching you, I’m
Wondering where you go
Wandering all alone
Hesitating
Among the people passing
There am I
You are floating unanchored in lightSwing forth, swing wide
Swing me to the other side
Morning comes I’m Carried in the sound
Rush and body bound
Push pull, torn I’m holding every feeling
We are floating unanchored in lightAnd like a boat out on the waves
Shimmering in cloud cascades
You surround the breath I hold
The more I give the more you go――“Pendulum (featuring Michelle Willis)” ※一部引用
上原:人生は振り子のようで、何があってもある一定のペースでずっと続いていくものだなぁって。1日は24時間、1週間は7日間あって、それが振り子のように刻まれていくのが人生で、どんな人もそれは一緒なわけだけど、そこには本当にいろんなドラマがある。振り子がとまるときまで、いろんなドラマがあって人生はずっと続いていく、っていうことを曲にしました。
―上原さんはこれまでそうしたイメージや感情、景色だったりをピアノで表現してきたわけですが、これについては言葉にして残したかった。
上原:はい。ピアノは常に自然に自分と共にあるもので、言葉よりもピアノのほうが伝えられるなってことがやっぱり多いですが、ふとしたタイミングでそこに自然と言葉が乗ってくることがあって。そのひとつがこれだった。こういうテーマで歌詞を書いてくださいと言われて書けるような能力はないのですが、自然に曲に導かれて言葉が出てきたら、それは生かしてあげようという考え方です。
―この先また機会があれば誰かボーカリストを招いて歌ものをやってみようと積極的な気持ちになっていたりしますか?
上原:そうですね。歌という自分の憧れるものを誰かと一緒にやるのは、やっぱりいいなって感じます。ミシェルとやっていてもすごく思ったし、彼女の歌声を聴いていて素敵だなって思いますしね。だからまあ、ご縁があればまたやってもいいかなって思います。自分が歌うことはないでしょうけどね(笑)。
上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder 『OUT THERE』(CD)

2025年4月4日(金)発売
価格:3,300円(税込)
UCCO-1246
1. XYZ
2. Yes!Ramen!!
3. Pendulum (featuring Michelle Willis)
4. OUT THERE: Takin’ Off
5. OUT THERE: Strollin’
6. OUT THERE: Polaris
7. OUT THERE: The Quest
8. Pendulum
9. Balloon Pop
上原ひろみ:piano & keyboards
アドリアン・フェロー:bass
ジーン・コイ:drums
アダム・オファリル:trumpet
ミシェル・ウィリス:vocals on 3