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衝撃作『サブスタンス』レビュー デミ・ムーアの怪演、消費されるスター

2025.5.16

#MOVIE

アカデミー賞作品賞にノミネートされた映画『サブスタンス』が5月16日(金)より日本公開される。

デミ・ムーアが、自身のキャリアと重なるような落ちぶれた元スターを怪演した同作。若さと美貌を求めるエリザベスと、再生医療によって生まれた「理想の女」スーの壮絶な分裂と融合が描かれている。その露悪的なショック描写の裏に、スターという存在の儚さと、それを消費する私たちの欲望を突きつける。血まみれのカタルシスの先に見えるものとは?

※本記事には作品本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

デミ・ムーアが演じるのは必然だった

デミ・ムーアは本作でゴールデングローブ賞・主演女優賞を受賞したが、俳優として賞を受賞したのは45年以上のキャリアの中で初めてだったそうだ。

受賞スピーチでは「かつては“ポップコーン女優”と呼ばれ、キャリアのどん底にいた最中に『サブスタンス』と出会い、自分はまだ終わっていないと思えた」と語った。

『サブスタンス』においてデミ・ムーアは、かつてスター女優として活躍したものの、歳を重ねて人気も容姿も衰え、キャリアが途絶えてしまった女性・エリザベスという役を怪演している。

スターとは、なんとも脆い存在だ。輝くような容姿や芸も、大衆から認知されてこそ。スターが自身に存在価値を見出すには人々からの眼差しが必要だが、大衆とは移り気なものだ。人気には山があれば必ず谷があり、この波が彼らを不安定にしてゆく。有力なTVプロデューサーであるハーヴェイからエアロビ番組の降板を言い渡され、人気の翳りが次第に精神を蝕んでいくエリザベス。そんな彼女を演じるのが、かつて同様の境遇にあったデミ・ムーアであるのは必然だったのだろう。

エリザベス(デミ・ムーア)

エリザベスは「自身をアップデートする」ために、再生医療「サブスタンス」に手を出す。注射を打つと突如彼女の背中が割れ、若さと美貌を備えたスーが現れる。その後、スーはハーヴェイに見出され、終了したエアロビ番組の後釜に抜擢される。エリザベスの経験も持ち合わせているスーは、面接でエアロビの動きを披露してもよかったはずだが、そうはしなかった。スーはピンクのレオタードを着て肌を露出させ、ただ笑顔を作ってみせただけである。それは男たちにとって、若い女性のツンと張った胸や丸い尻が何よりも価値があることを知っているからだ。欲望を掻き立てるように、カメラは足から尻、胸元から顔までを露骨なクロースアップで映してゆく。このMale Gaze(男性からのまなざし)を再現するようなカメラの動きには、監督コラリー・ファルジャの批評の目が光る。

スー(マーガレット・クアリー)

権力者たちに降りかかる血飛沫がもたらすカタルシス

作中ではしきりに「You are one(あなたはひとつなのだ)」と謳われるが、エリザベスとスーは違う容姿を持ち、異なる経験を重ねるが故に対立を深め、しまいには凄惨な激闘を繰り広げる。観れば観るほど2人は別人のようにも思えるが、彼女たちが共有しているものがひとつある。それは「血」だ。身体を交替する時には互いの血管に針を刺して血を交換するから、意思がどれだけすれ違おうと、血だけは必ず共有されている。

終盤、スーはサブスタンスを不正に使用し、分化に失敗してモンスターと化した「モンストロ・エリザスー」の状態で、大晦日の特別番組の会場に現れる。スターの登場を待ちわびていた観客たちはモンストロ・エリザスーを見て絶叫し、「怪物だ」と罵り、暴力を振るう。そして、何かの拍子に手首が折れたことを皮切りに、彼女から血が噴き出し、信じられない量の血飛沫が会場中を赤く染め上げる。このシーンは間違いなく本作のクライマックスであり、そのカタルシスは凄まじいものがある。

TVプロデューサーであるハーヴェイ(デニス・クエイド)と関係者たち

エリザベスのものであり、スーのものである血は、権力者であるハーヴェイにも、胸と尻を露出させたショーガールたちにも等しく降りかかる。すべてが鮮血に染まったフレームの中では、胸や尻は美しさの記号としてもはや機能しない。美も醜もわからなくなり、血を浴びながら逃げ惑う人々を描くこのシーンがなぜここまで痛快なのか。それはこの描写が、本作を貫いてきたスターを消費する / される構造に反旗を翻しているからだ。

エリザベスやスーは、大衆が望む姿に擬態することで注目を浴び、愛されてきた。しかし観客は醜い姿で舞台に現れるしかなかった彼女を拒絶し、その結果大量の血を浴びる。もちろんそれはエリザベスやスーが望んだことではないのだが、それは同時に自らが望む通りのスター像を享受し続けてきた大衆に対しての強烈なアンチテーゼになっているのである。このシーンにおいて、エリザベス / スーは人々の一方的な消費から解放されたのだ。

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