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権力者たちに降りかかる血飛沫がもたらすカタルシス
作中ではしきりに「You are one(あなたはひとつなのだ)」と謳われるが、エリザベスとスーは違う容姿を持ち、異なる経験を重ねるが故に対立を深め、しまいには凄惨な激闘を繰り広げる。観れば観るほど2人は別人のようにも思えるが、彼女たちが共有しているものがひとつある。それは「血」だ。身体を交替する時には互いの血管に針を刺して血を交換するから、意思がどれだけすれ違おうと、血だけは必ず共有されている。

終盤、スーはサブスタンスを不正に使用し、分化に失敗してモンスターと化した「モンストロ・エリザスー」の状態で、大晦日の特別番組の会場に現れる。スターの登場を待ちわびていた観客たちはモンストロ・エリザスーを見て絶叫し、「怪物だ」と罵り、暴力を振るう。そして、何かの拍子に手首が折れたことを皮切りに、彼女から血が噴き出し、信じられない量の血飛沫が会場中を赤く染め上げる。このシーンは間違いなく本作のクライマックスであり、そのカタルシスは凄まじいものがある。

エリザベスのものであり、スーのものである血は、権力者であるハーヴェイにも、胸と尻を露出させたショーガールたちにも等しく降りかかる。すべてが鮮血に染まったフレームの中では、胸や尻は美しさの記号としてもはや機能しない。美も醜もわからなくなり、血を浴びながら逃げ惑う人々を描くこのシーンがなぜここまで痛快なのか。それはこの描写が、本作を貫いてきたスターを消費する / される構造に反旗を翻しているからだ。
エリザベスやスーは、大衆が望む姿に擬態することで注目を浴び、愛されてきた。しかし観客は醜い姿で舞台に現れるしかなかった彼女を拒絶し、その結果大量の血を浴びる。もちろんそれはエリザベスやスーが望んだことではないのだが、それは同時に自らが望む通りのスター像を享受し続けてきた大衆に対しての強烈なアンチテーゼになっているのである。このシーンにおいて、エリザベス / スーは人々の一方的な消費から解放されたのだ。
