INDEX
「無血開城」と「アイデンティティの取り戻し」
そして後半、毒リンゴの呪いから生き返った白雪姫は、父がすでに生きていないことを知り、父にどうにかしてもらうのではなく、自分が行動を起こさなければ王国がダメになってしまうと決意を新たにする。継母のいる城へと向かい、希望を失った国民たちの前で王国を取り戻すことを宣言する。継母は、それならば自分を殺せと剣を差し出すが、白雪姫はそれを拒否する。すると、継母は自分の家来の兵士に白雪姫を殺させようとする。よくある展開として、そこで抵抗して何かしらの犠牲が出ることが予想されるが、本作はその予想をいい意味で裏切る。白雪姫は、その兵士や自分を羽交い締めしている兵士の名前を呼び、「私はあなたたちのことを覚えている」と諭す。名前を奪われ、ただの兵士としてしかみなされていなかった彼らの名前(=アイデンティティ)を思い出させ、犠牲者を出さずに戦いに勝利する。継母は自滅して鏡の中に取り込まれ、白雪姫は見事自分の国を取り戻す。彼女の「願い」はこうして成就するのだ。
このように、本作は「アイデンティティの取り戻し」というものがテーマになっていると考えられる。その意味で、新規パートは非常に今日的な問題を扱っているといえよう。ただ、それを優先させるあまり物語の中盤で展開される7人のこびととの関わりや、盗賊たちの活躍、そしてジョナサンとの関係の描写が手薄になってしまっているのが惜しく感じる。また、継母がたびたび口にする「朽ちてしまう花より永遠に輝くダイヤの方が良い」という台詞が、あまり効果的に使用されていないことも気になる——7人のこびとの宝石採掘がこれに絡んでくるかと思いきや、そうでなく終わる。とはいえ、この中盤のエピソードがなければ白雪姫の成長もないことになってしまうため、まったくもって機能していないということではない。彼女の純真さや公平さというものが圧制下においては「世間知らず」とみなされる一方、それでもその姿勢を忘れずにいることでひとときでも人を穏やかにさせる力もあることを、7人のこびとやジョナサンたちと過ごすことで学んでいくからだ。

なお本作は当初、ディズニープリンセス同様、女の子たちに愛され影響を与えながらも目の上のたんこぶとしてみなされてきたバービー人形を主人公にした映画『バービー』(2023年)の監督・脚本を手がけたグレタ・ガーウィグが、脚本を手がけたことがアナウンスされていた。しかし、公開された映画でのクレジットはエリン・クレシダ・ウィルソンの単独脚本となっている。現時点で、なぜガーウィグを含むほかの脚本家のクレジットがないかについて言及している報道を確認することができていないが、これまでのガーウィグ作品の特徴を踏まえると、おそらく新規パートの脚本をガーウィグは手掛けていたのではないかと推測できる。そう考えると、なおのことクレジットにないことが悔やまれる。