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公平であることを願う白雪姫と、あまりにも有名なあの曲の不採用
ただ、ディズニー・アニメーション作品の金字塔ともいえる『白雪姫』をリイマジニングすることの重圧は相当のものだったであろう(※8)。そのため、制作上の苦労の痕跡が画面上からも脚本からも滲み出てしまっていることは否めない。だからといって「酷評」に値するかというとまったくそうではなく、極めて真摯にアニメーション版の『白雪姫』のエッセンスを再解釈し、リイマジニングを試みたことが読み取れる。特にそれを感じたのが、アニメーション版において詳らかにされていなかった——少なくとも筆者が幼少期から物足りないと思っていた——白雪姫のアイデンティティを丁寧に描いていた部分である。
※8:本作は2024年公開の予定であったが、2023年10月に公開延期が発表された。
本作は、アニメーション版の大筋——継母に命を狙われた白雪姫が森に迷い込み、7人のこびとと出会い、老婆に姿を変えた継母から毒リンゴを渡され命を落とすが王子様のキスで生き返る——の前後に、白雪姫自身および彼女が住む王国のバックグラウンドと現状、そして、毒リンゴの呪いから生き返った白雪姫が、7人のこびと、彼女のパートナーとなるジョナサンが率いる盗賊団、そして国民たちの力を借りて継母から王国を取り戻す、という話が新たに加わっている。本稿ではこの新規パートに注目してみたい。

大雪で足止めされた馬車の中で産まれた白雪姫は、「公平」で「分け合うこと」を信条とする国王の娘であり、ゆくゆくは国を治める統治者になることが約束されている。しかし病で亡くなった母のあとにやってきた美しい魔女(継母=女王)の策略で国王と離れ離れになり、白雪姫は城に幽閉され召使のように働かされ、王国も「公平」で「分け合うこと」とはかけ離れた、富の独占と権力によって支配する圧政状態に。希望がない現状に途方に暮れながらも、父からもらった「fearless(恐れ知らず)、fair(公平)、brave(勇敢)、true(真実)」と刻まれたペンダントの存在が、辛うじて彼女のアイデンティティを繋ぎ止めていた。しかし、貧しさのあまり盗賊となった青年・ジョナサンから——彼女が白雪姫であることを知らないまま——苦言を呈され、そのアイデンティティすらも揺らぐ。
彼女は見失う。両親が与えてくれた名前に託された強さが今の自分にあるのかを。彼女は葛藤する。そのためには自分が声をあげ、行動することが大事であると頭ではわかっていながらも、その一歩が踏み出せないことを。彼女は願う。再びこの王国が平等で希望に満ちた状態に戻ることを。そんな彼女の心の叫びが、今回新しく書き下ろされた楽曲“夢に見る~Waiting On A Wish~(Waiting On A Wish)”で表現されている。
初期のアニメーション作品から現在まで、ディズニー作品に継承されている演出の一つとして、主人公の願いや現状への不満などの心情を表現するための「I Wish / I Want Song」というものがある。アニメーション版の『白雪姫』では、“私の願い(I’m Wishing)”と“いつか王子様が(Someday My Prince Will Come)”がそれに該当する。しかし、本作では大胆にもあまりにも有名なこの2曲を使用せず、“夢に見る~Waiting On A Wish~”が「I Wish / I Want Song」として使用されている。賛否はあるだろうが、白雪姫の「願い」が「自分のことを愛してくれる王子様が迎えにきてくれることを待つわ」という個人的で受動的なものではない以上、この変更は至極真っ当な判断だったと思われる。その一方で、アニメーション版で“私の願い”が歌われるシーンに登場していた井戸やこだまといった要素は“夢に見る~Waiting On A Wish~”に登場し、“いつか王子様が”の旋律は鼻歌でそれとなく登場する。まったくオミットするわけではなく、要素は残しつつもあくまでも本作における白雪姫の「願い」にフォーカスしていることには留意したい。