第1話のNHKプラスにおける視聴数が、これまでの全ドラマ(朝ドラ・大河ドラマを除く)の中で最多を記録したことでも話題のドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』(NHK総合)。
週4日のパートで質素に暮らす38歳、独身の主人公・麦巻さとこ(桜井ユキ)が、「一生つきあわなくてはならない」病気・膠原病にかかったことから一変した生活を描いた本作は、彼女が出会った「薬膳」や、鈴さんこと美山鈴(加賀まりこ)と鈴さんの同居人・羽白司(宮沢氷魚)などの人々との関わりを丁寧に描き、多くの視聴者の共感と感動を集めている。
現在も連載中の水凪トリによる人気コミック『しあわせは食べて寝て待て』(秋田書店)を原作とし、朝ドラ『舞いあがれ!』『心の傷を癒すということ』『彼女が成仏できない理由』(ともにNHK総合)の桑原亮子と『プリズム』(NHK総合)のねじめ彩木が脚本を手掛けた本作について、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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心と身体の底からじんわり温まるお粥のようなドラマ

『しあわせは食べて寝て待て』の味わいは、朝に食べるお粥に似ている。味付けは塩だけでもいいけれど、贅沢を言えば、第3話で主人公・さとこが作ったお粥のように、添える小さな副菜がたくさんあれば、もっとワクワクする。一見、簡単そうだが、コトコト土鍋で炊く時間や、副菜を準備する心の余裕がないと楽しめないその味は、仕事や遊びの予定に追われている時にはちょっと縁遠い。第3話でさとこが「そうだ、私は今お粥がいいんだ。薄味で、ゆるくて、ほっこりあたたかで。あの人たちに囲まれているから、私は生きていけている」と言うように、私たちには今、心と身体の底からじんわり温まる、お粥のような存在が必要だ。
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「薬膳」という日常に潜む「良質な普通」の幸せ

本作は、現在も連載中の人気コミック『しあわせは食べて寝て待て』を原作に、桑原亮子、ねじめ彩木が脚本を手掛けた。膠原病(こうげんびょう)という「一生つきあわなくてはならない」病気にかかり、思うように働けなくなった彼女は、務めていた会社を辞め、新しい住まい探しを余儀なくされる。家賃5万円の団地住まいで、週4日のパート暮らし。マンション購入の夢も断たれ、マイナスからのスタートかと思いきや、隣に住む大家・鈴さんと、鈴さんの同居人・司と出会うことで、「薬膳」に目覚めていく話だ。
シロさん(西島秀俊)と賢二(内野聖陽)の、旬を取り入れた季節ごとの食事の光景が見ていて心地よい『きのう何食べた?』(テレビ東京系)もそうだが、薬膳、つまり「旬の食材を取り入れた食事で体調を整える」ことを実践するさとこの暮らしぶりを見ていると「特段、代わり映えのしない日常」などないことに気づかされる。春夏秋冬、季節によって出会える食材が異なり、それぞれに様々な効能が備わっていること。また、それを活かす料理の方法さえ知っていれば、時にお財布事情との攻防はあるものの、スーパーでそれを発見することの喜びや、用意してきたお弁当を食べる喜びで日々は満たされ、日常は変化とともにあること。さらに、次の季節に向かうちょっとした準備をしていれば、それが未来の自分まで幸せにしてくれるのである。
例えば、印象的だったのは第2話だ。梅雨時の鬱々とした気分の中で、少しでも「毎日の楽しみ」を見つけようと、さとこは切れてしまった電球を中に入れて、穴が開いてしまった靴下を繕う。スーパーで勇気を出して梅の実を買い、たまたま出会った反橋りく(北乃きい)の勧めで梅シロップを作る。それを1ヶ月寝かせるために棚にしまったところで、雨続きだった空が晴れていることに気づき、思わず歓声をあげた。しゃがんだ彼女の足元を、繕いたての靴下の縫い目がチャーミングに彩っていた。
さらに第3話は、1ヶ月後、その梅シロップができあがった頃から始まる。暑さでソファーから動けないさとこを動かすのは、1ヶ月前に準備していた梅シロップの蠱惑的な煌めきだ。切れてしまった電球も、穴が開いてしまった靴下も、日々収入が少ない中でなんとかやり繰りするさとこにとっては、心に大雨を降らせるほどにマイナスな出来事でしかないのだけれど、マイナス要素をプラス要素に変える小さな工夫の積み重ねは、日常に思わぬ晴れ間をもたらしてくれる。そして、さとこや、彼女にとって薬膳との出会いのきっかけとなった司による言葉の数々は、第1話の「杏仁豆腐の原料はあんずの種で、喉の調子を整えてくれる」をはじめ、身近な薬膳の存在を知らせ、テレビを観ている視聴者に、日常に潜む「良質な普通」の幸せをお裾分けしてくれるのである。
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さとこの心が無理なくゆっくりと外側に動くまで

また、本作は薬膳を通しての、さとこと人々の繋がりを描いたドラマでもある。それは決して濃密な関係ではない。常に適度な距離を保っている彼女ら彼らを見ていると、なんとも居心地のよい気分になる。
しんどくなったら少し距離をとってもいいということは、第4話で「レンタルスペース」の副業を始めるも、気疲れしてしまうさとこの姿と、団地住民でレンタルスペースの利用者だった目白弓(中山ひなの)が同じく団地住民の高麗なつき(土居志央梨)と一緒に高円寺のお店に行って喜ぶ姿の対比にも十分に描かれていた。「人と距離が近すぎる生活」に対して抵抗を感じ、同僚にも病気のことを明かせないさとこの様子から始まった本作は、その後、彼女の心が無理なくゆっくりと外側に動いていく様子を描き続けた。
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とろろ定食が届けた「ネガティブ・ケイパビリティ」

本作において薬膳は人の心を繋いでいく。ある時は、「好きなこと」繋がり。さとこがパート先のデザイン事務所「唐デザイン」で病気のことを明かすとともに薬膳の話をすることで、同僚の巴沢千春(奥山葵)もまた「歴史好き」の一面を明かし、一気に打ち解けていった。
また、ある時は、「経験」繋がり。鈴さんと初対面のときにもらった大根がさとこの頭痛を和らげ、司の勧めた干しあんずが、冷ややかな周囲の視線が気になる中、バスの中で咳き込むさとこのお守りになった。第2話で、職場で出会った編集者・青葉乙女(田畑智子)の「こう毎日(雨が)降られると気が滅入る」という言葉を聞いて、自分用に準備していた陳皮入りのジャスミン茶を出したさとこの小さな思いやりが、青葉の心を少しだけ晴れやかにしたのは、その後、デザイン事務所を後にした彼女が差したオレンジ色の傘と明るい笑顔から見て取れる。そして第4話において、今度は青葉が、副業をしたくとも「何もできない自分」に気づかされ落胆気味のさとこを気遣い、とろろ定食を食べに行こうと誘うのだった。そして、そのとろろ定食は、「ネガティブ・ケイパビリティ(自分ではどうにもならない状況を持ちこたえる能力)」という、今のさとこにとって重要な言葉を届けたのだった。
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「しあわせ」が「食べること」を通じて私たちの日々に繋がる

「薬膳」は万能ではない。しかし 、第3話でのさとこの上司である唐圭一郎(福士誠治)との温泉を巡る会話の中で描かれたように、薬膳もまた「長い時間をかけて、経験上わかってきたこと」であるのなら、彼女たちが落ち込んだ自分を労わる方法として編み出した「薬膳を日常に取り込むこと」、あるいは「とろろの儀式=ネガティブ・ケイパビリティ」を、他者同士が互いに共有することもまた、薬膳に通じる。
「生産性や向上心があってこそ認められる場所」である社会から一歩外れたその先には、自分のペースで生きる幸せがあった。さとこのささやかな幸せは、少しずつ周りにも伝播して、彼女が提案した物件案内を読んでご近所さんになった高麗をはじめ、新たな関係性が生まれつつある。そして、そんな彼女の「しあわせ」な時間は、「食べること」を通して、テレビのこちら側の日常を生きる私たちの日々にまで、繋がりそうである。
ドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』

NHK総合にて毎週火曜夜10時から放送中
公式サイト:https://www.nhk.jp/p/ts/B9N328J5VP/