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「何かっぽい」ものではなく、いつ聴いても古い感じがしない音楽を目指して
―最初にリリースした『賛美』(2019年)はどのように生まれた作品だったのでしょうか?
大石:私は全くのフィクションみたいな曲がなくて、普段感じたことや考えていたことが溜まって、それを何か形にしたい思いから曲を作ります。たとえば“怒らないでね”は、飼っていた愛犬が亡くなったことがきっかけで書いた曲だったりとか。何か感じたときに、それだけではいられないというか、どうにか形にしないと平気でいられないという感じかもしれないです。その時期に考えていたことがその作品にすごく反映されてるような気がします。
―2022年リリースの『脈光』も主にコロナ禍で感じたことや考えたことがベースになっているわけですよね。
大石:その期間に感じたことをいつかちゃんと曲として残したいという気持ちはありましたけど、コロナ禍で時間があるんだからどんどん曲を作るぞという風にはなれなかったですね。もしかしたら「もっと焦った方がいいよ」って思われてるかもしれないですけど(笑)。リリースもライブも少ないって。でも私自身はあまり焦ったことはなくて、焦ってもしゃあないし、できるときにできることをやろう、と。

編集・柏井:「焦らない」っていうのは、言うほど簡単なことではないですよね。特に20代半ばにコロナ禍で活動を制限されたと思うので。大石さんはなぜ焦らずにいられたんだと思いますか?
大石:もちろん不安になりました。あの時期は友達にも会えず、目前に何も楽しみがないから、私の内側が、未来の漠然とした不安とか、過去の後悔だけでいっぱいになってしまって、かなり落ち込みましたね。節分の時期にスーパーで、恵方巻きコーナーに人が集まっているのを眺めていたら勝手に涙が出てきて……「私つらいのかな?」と思うことにさえ罪悪感があったけど、今思い返せば結構きつかったんだと思います。
だからこそ意識的に、不安になりすぎないようにしていたのもあるかもしれない。危ないなと思いました。健やかでいないと、音楽もなにもできないなと、バランスを整えたいという気持ちが強くなりました。焦らずに、まずは落ち込む感情と少し距離をとって、“さなぎ”を書きました。過去を受けて、未来に向けてできること、今の私が何かを生み出すことの大切さを歌った曲です。
―『脈光』には『APPLE VINEGAR -Music Award-』の特別賞をはじめ、大きなリアクションがありましたが、今振り返るとどんな作品になったと感じていますか?
大石:「何かっぽい」ものにならない方が面白いなと感じていて。「この曲のこの感じで」という作業も私はあまりうまくやれないので、つい抽象的な相談をバンドメンバーにしてしまっていたと思います。
私にとって曲のきっかけになった出来事が開始点としてあるけど、聴く人によって浮かぶ景色が違っていいし、むしろそうなるといいなと制作中も思ってました。音像も、斬新であることを目指さなくていいけど、説明しきれない余地が残るといいなって。数年後聴いても古く感じない音楽に魅力を感じるので、せっかくアルバムを作るなら、いつ誰が、どう聴いてもいいような、そういう作品を残したいという気持ちがありました。

―今言ってくれたような意味でも、中村公輔さんのエンジニアリングは重要だったと思うんですけど、中村さんとも抽象的な言葉でやり取りをしていた?
大石:本当にそうですね。リファレンスになる音源を挙げた方が進めやすい場面も多いかと思うんですけど、私は抽象的な要望に対して「これはどう?」と実際にいくつか音を聴かせてもらうほうがやりやすくて。ただ中村さんは、それでもいろんな音楽を聴いた方がいいよと、私が知らない曲をいつも教えて下さるのでありがたいです。
ーではあえて抽象的な聞き方をしちゃいますけど、『脈光』で描いた光のイメージというのは、大石さんの中ではどんなイメージでしたか?
大石:そのときその人にとって、だけでいいなというのは思っていて。好きだと気づいたことーー明日にはもう好きじゃなくなるかもしれないですけど、一時でも何かすごくいいものだったなら、それでいいんじゃないかって。
それに、全員にとっていいものでなくてもいい。私にとっては特別なもの、みたいなのを表現したかったです。アルバムを聴いた人が「今日の私はこの曲のこの音が気になるな」とか好き好きに思ってもらえたら嬉しいです。『脈光』で描きたかった光はそういうものかもしれないです。
―「脈光」は造語ですけど、ぼんやりとした、ふとした光のような感覚で捉えました。強いメッセージを放つわけではないけど、たしかな存在感がある。
大石:そうですね。どの曲も、「こうなんです」っていう眩しいメッセージはないかも。「私はこう感じているんだけど、どう思う?」ぐらいの、「ちょっと置いておくけど、気になったら拾ってみて」ぐらいの感じですね。
