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映画から受けた影響を漫画に落とし込む
また作中には様々な小ネタが仕込まれており、本編をそのまま受け取るだけでも素晴らしい作品なのだが、文脈を知っているとより楽しめる部分もある。映画からのオマージュも多く、現実の悲惨な出来事をフィクションで書き換えるという点では、1969年、アメリカで実際に起こった「シャロン・テート殺人事件」を扱ったクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』がモチーフになっており、作中にはパッケージらしきものまで背景に描かれている。
藤本タツキは『ファイアパンチ』や『チェンソーマン』、『週刊少年ジャンプ』巻末や単行本のコメントで頻繁に映画について言及しており、モチーフとしても自身の漫画に取り入れるほどの映画好きである。漫画を描く上でも、モノローグを極力減らし説明的すぎず、映画から影響を受けたであろうカメラワークや構図にこだわり、それらを漫画というメディアに落とし込んで描いているのが読み手に伝わってくる。『ルックバック』に関してはそれがさらに顕著で、人物や背景に注目してもらうためにまず、元から多くないセリフ量を削り、効果音を無くしている。読むと狙い通り、画面の静けさと映像的な表現に目がいく視線誘導が巧みに効いている。そして、動画から切り抜いてきたかのような自然な表情や、コマ送りのような動作の表現が素晴らしく、時間経過を描く技工が輝いている。藤野が自室の机に向かってひたすら絵を描くシーンでは、背景の窓から見える景色や部屋の小物だけで時間が経過し、季節が巡っているのを表現している。
