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井戸健人が語る、意識と無意識の間で作り上げた『All the places(I have ever slept)』

2025.2.19

井戸健人『All the places(I have ever slept)』

#PR #MUSIC

京都を代表するインディバンド・スーパーノアのフロントマンであり、現在は東京を拠点に活動するシンガーソングライターの井戸健人が、ソロ名義では3作目となる『All the places(I have ever slept)』を完成させた。

本作で井戸がテーマとして掲げたのは、「いかにして自分の無意識を楽曲や音に落とし込むか」ということ。多数のゲストプレイヤーに自作曲を演奏してもらい、そこからフレーズやコード進行などを取り出し、さらに歌詞は自動記述で書いた文章を基にするなど、アルバム全体が「意識と無意識の間」で制作されている。そして、そんな作品を作り上げて井戸が感じたのは「それでも、自分からは逃れられない」ということだった。

作品を作るとそこにはどうしても「こう聴かれたい、こう受け取ってほしい」という自我や作為が伴ってしまうものだが、「ただ音楽として作り、ただ音楽として聴いてほしい」という想いはどんな作り手にもあるはずで、井戸の今回の試みはそのためのチャレンジのようにも見える。その結果として、自身のシンガーソングライターとしてのアイデンティティを再確認することになったというストーリーは、楽曲自体の素晴らしさとともに、多くの作り手の共感を呼ぶに違いない。

無意識にフォーカスするために。ゲストプレイヤーの演奏を編集して楽曲を制作した理由

―井戸さんは2021年に上京されたそうですが、上京後の変化をどう感じられていますか?

井戸:住んでる場所を楽器可の物件にして、宅録ができる環境を整えたので、音楽を作ってる時間自体は増えてると思います。あとライブにも行きやすくなったから前より行ったり、展示会とか美術館に行く機会も増えてますね。関西では田舎の方に住んでいたので、何かイベントに行くときは見たいものだけを選んでいましたが、今は大体30分くらいあればどこでも行けるし、軽い気持ちで行っています。そこは変わったところかな。

井戸健人(いど けんと)
兵庫県神戸市出身。作詞、作曲、編曲、トラックメイク、歌唱、ギター演奏、録音を行う。中学生の頃に録音という行為に興味を持ち、4トラックのMTRでギターや歌の録音、既成音源のコラージュなどを始める。2004年にはバンド「スーパーノア」を結成し、ボーカル・ギターを務める。2020年3月に「井戸健人」名義でのファーストアルバム『Song of the swamp』をリリース。各種の音響効果やリズムセクションの解体など、アレンジを凝らした作品に仕上げた。2022年6月にはセカンドアルバム『I’m here, where are you』を発表。

―僕が前に井戸さんに取材をしたのは「イツキライカ」名義でアルバムを出した2016年だったのですが、2020年に「井戸健人」名義に変えたのは意識の変化があったのでしょうか?

井戸:何かを大きく変えるぞっていう気持ちはなかったんですけど、本名にした方がいいんじゃないかとそのとき思って……すごいちっちゃい理由ですけど、イツキさんって呼ばれることがあったり(笑)、イツキライカは適当につけちゃったから、愛着もなかったし……。

―愛着もなかったんだ(笑)。

井戸:パッと決めちゃったんですよね。でも自分で作ってるんやったら自分の名前で出すかと、そのとき思ったような気がします。

―結果的にイツキライカとして作るものと井戸健人として作るものは変わってきているような気もします。イツキライカの方がフィクション性が強かったのが、井戸健人名義になるとよりパーソナルだったり、実生活に基づいている、そういうグラデーション的な変化はあるのかなと。

井戸:そうかもしれないです。明確な変化があるかと言われると難しいですけど、今の名前になってからは、大きく広げたことを言おうとはしてないと思いますね。前にイツキライカを聴き直すタイミングがあったんですけど、今の自分からすると主語が大きい感じがしました。少し道徳主義的な感じがあるというか。今は自分の考えやアイデアをどういう視点から言えば面白いかを考えたりします。とはいえ、実際に作ってるときはそこまで深く考えてるわけじゃないんですけど。

―それこそ、新作のキーワードには「無意識」を挙げられていますよね。自作曲をたくさんのプレイヤーに演奏してもらい、そこから好きなフレーズやコード進行などを取り出し、編集して、曲にするという方法論は、無意識の抽出が狙いだった?

井戸:前作の『I’m here, where are you』はゲストを招かず1人で作りきったんですけど、なぜそうしたかというと、自分にしかできないことをやりたくて。単純に自分しか参加しなかったら自分ならではの作品になるだろう、という考えがありました。

井戸:でも、そうやって作った作品を聴き返したときに、「これ自分で作ったんかな?」みたいなところもあったりして。

―全部自分でやったのに。

井戸:そうなんですよね。一人で作っても、自分が意識してるところと意識してないところがある。だったらその意識してないところにもっとフォーカスして作ったら、面白いんじゃないかと思ったんです。そのやり方として、自分の好きなプレイヤーに自分の曲を演奏してもらって、自分の好きなところを編集して曲にしたら、1人では思いつかないけれど、でも自分の作品である、といえるものができるのではないか、と考えました。

シンガーソングライターとしてのアイデンティティと、DJ / プロデューサーへの憧れ

―今回の曲作りの方法論、アルバムの方向性を決定づけた曲はありますか?

井戸:1曲目、2曲目、3曲目、6曲目を最初に作りました。まず簡単なデモを作って、それをゲストのプレイヤーに渡して自由に弾いてもらったんですけど、それを一回家に持ち帰って、曲を作り直してみたんです。ガラッと変わったのが1曲目の“¿”と、3曲目の“Living”で、このやり方は面白いなと思いました。特に“¿”はだいぶ変わりましたね。

―最初はどんな曲だったんですか?

井戸:最初は同じパターンのドラムが繰り返されるシンプルな曲だったんですけど、最終的には楽器が入れ替わったり、複雑な展開になったり、ガラッと変わりました。ドラムも演奏してもらった中から「ここを使いたい」っていうところだけ残して、それ以外は使わなかったり。

―“¿”はダブというか、音響的な側面の強い始まり方ですけど、音像のイメージは最初からあったのでしょうか?

井戸:最初はイメージはなかったです。どちらかというと、もうちょっとロックっぽい感じだったんですよ。ドラムから始まって、歌が入って、スタンダードな曲調だったんです。でもアウトロで弾いてもらったやつをイントロに持ってきたり、弾いてもらった素材をランダム性の高い機材やプラグインに通して、そこから好きなところを抜き取ったり、そうやってどんどん変わっていきました。

―そこにも無意識性が表れているわけですね。逆に言うと、“¿”の池田若菜さんのフルートのソロとかは、最初から「これを曲のメインに」みたいな意識があった?

井戸:いや、これは違う曲から取ってきてて(笑)。4曲目で吹いてもらったソロの使わなかったバージョンがあって、それもすごく良かったから、1曲目に使えるかなって。他の曲でも、Yatchiさんに8曲目で弾いてもらったフレーズを7曲目で使ってたりしました……いろいろやりすぎて、自分でももう忘れちゃった(笑)。

―曲の作り方に関して参考にしたアーティストや作品はありましたか?

井戸:カルロス・ニーニョが大きかったですね。『Extra Presence』に関する彼のインタビューを読んだら、とりあえず全部ライブ録音して、そのときに許可を得ておけば、自分の好きな部分を取り出して並べられて、許諾に関して「普通のサンプリングより楽だ」みたいなことを冗談で言ってて、なるほどなと思って(笑)。 

井戸:でもそれがいい感じになるのはすごいなと思って、DJの上手い人みたいな、「これがいい演奏なんだ」って判断ができる、その視点が自分にもあったらいいなと思ったんです。

―演奏自体は他の人がしていても、「これをいいと思う」という意識に自分が出ると。

井戸:そうです、そうです。「自分の良いと思うものを探る力」みたいなものを鍛えたい思いもあってやってました。なので、作り方という意味ではカルロス・ニーニョからの影響がとても大きいですね。

―ゲストプレイヤーの演奏を編集して曲にするという点においては、カルロス・ニーニョも参加していた岡田拓郎さんの『Betsu No Jikan』を連想したりもしました。

井戸:『Betsu No Jikan』も聴きました。素晴らしかったです。抽象的ではあるんですが、ポップスとしても気軽に聴ける…ああいい曲だな、と思える作品になっているのがすごいですね。岡田さんが演奏をどれくらい指定してるのかはわからないですけど、方法論だけを見ると、近いところはありそうです。

―作品にもよりますが、岡田さんの方がプロデューサー的な側面が強くて、井戸さんの方がシンガーソングライター的な側面が強いように感じます。

井戸:岡田さんと比べるのは恐れ多いけど、自分はやっぱりシンガーソングライター気質だなと思うことは多いですね。どちらかというと、コード進行やメロディーを作ってそれをどう歌うか、ということにフォーカスしてきたというか。ラフミックスが上がってきたときに、自分が気づかなかったところが調整されていて驚くことがあるのですが、いわゆるプロデューサーの方は音質とか音色に対する解像度が高くて、そこをちゃんと調整してるイメージがあって。今回のミックスは甲田徹さんにやってもらっていて、その作業の中でやはり自分が見れてない部分はあるな、と感じました。次作以降は、そういう視点も持って取り組みたいです。

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