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映像ともセッションができた。かつて映画づくりを諦めた石橋が抱いた達成感
―濱口さんがそのプロセスを逆にたどるようなつなげ方をした、ということに衝撃を覚えます。さて、石橋さんとしては『悪は存在しない』に音をつけた時点で、かなり「やり切った感」もあったそうですね。
石橋:はい、このプロジェクトは一度落ち着いたな、と感じました(笑)。サイレントの『GIFT』を作る過程のなかから、サウンド版である『悪は存在しない』を作りたいというお話を濱口監督からいただいて、実際に作ることができるということがわかったとき、とてもうれしかったんです。本当に思いがけないことで、「そういうことって起きるんだ」「制作の奇跡だな」と驚きました。

―めったに起こらないことですよね。
石橋:出演者やスタッフの方々全員の信頼関係がなければ成り立たないことでもあります。そもそも何を作るのかもほとんど見えないままに企画がスタートし、サイレント版だけでなくサウンド版も作ることになっていくというのは、さまざまな立場の人の承認が必要になってくる大きなプロジェクトでは絶対にありえない。だから「奇跡みたい、なんだかご褒美みたい」とうれしくなって、『悪は存在しない』の音楽制作に取り組んだんです。それで満足して、『GIFT』のライブパフォーマンスが一度どうでもよくなってしまうぐらいに、その作業に没頭しました(笑)。

―(笑)。そのうえでやはり刺激的な『GIFT』の上演も、日本国内外で進行中です。
石橋:『悪は存在しない』で使用された楽曲と、新しく録音したもの、即興での演奏が合わさって、毎回変化していきます。予め用意する素材も、公演ごとに新規に録音するなどして、いろいろ変えているんです。
『GIFT』の映像は時系列が不思議なつなぎ方がされていて、主に編集をされた山崎梓さんのお力だと思うのですが、何度見てもどのカットのあとにどんなカットが来るのか覚えられません(笑)。冒頭でお伝えしたように会場によっても見え方が大きく変わるので、もしかしたら私自身がライブを一番楽しんじゃっているかもしれないですね。
―石橋さんの普段の音楽活動と、今回の一連のご経験は、大きな違いがあるのでしょうか。
石橋:バンドというかたちでやってきた即興のセッションのようなことが、映像のチームでもできるということがわかって、すごくうれしかったですね。暗闇のなかを一緒に歩いていくような……何を作るのかまったくわからないままに、「大丈夫かな」「大丈夫だよね?」と進んでいくような感覚(笑)。思い出すのは、かつて学生だった私が映画を作りたかったけれど諦めた理由です。

―と言いますと?
石橋:お金がたくさんかかるし、作品を作るのにたくさんの人と関わらなくてはならない、ということでやめたんです(笑)。基本的に規模が大きくなる性質をもつ「映画」という分野の人たちとも、バンドのような小規模な関係性で共作できることがわかってうれしかったんです。
もちろん誰とでもできるわけじゃなく、濱口さんという、陰で人一倍努力をされながら、人を惹きつけるチャーミングさをもって楽しい場を作ることができる方とだからできた、ということだとも思います。最初のメールから2年以上の月日が経っているような、気長なプロジェクトでもあります。答えがないまま進んでいく、そんな制作のプロセスをたくさんの人と共有できることは、やっぱり奇跡だなと思いますね。

悪は存在しない

4月26日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、K2ほか全国順次公開
監督・脚本:濱口竜介
音楽:石橋英子
製作:NEOPA / fictive
プロデューサー:高田聡
企画:石橋英子 濱口竜介
エグゼクティブプロデューサー:原田将 徳山勝巳
出演:
大美賀均
西川玲
小坂竜士
渋谷采郁
菊池葉月
三浦博之
鳥井雄人
山村崇子
長尾卓磨
宮田佳典
田村泰二郎
配給:Incline
配給協力:コピアポア・フィルム
宣伝:uhuru films
2023年/106分/日本/カラー/1.66:1/5.1ch
© 2023 NEOPA / Fictive