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楽曲のモチーフは「塵」。映画作家との共作の進め方
―その「旅」をはじめるにあたって、お二人の間で綿密にやりとりを重ねられたそうですが、どんなものだったのでしょうか。
石橋:それにかんしては、濱口さんが送ってくださったメールが参考になるんですけれど……ちょっと待ってくださいね(と、近くにあるスマートフォンをパタパタと取りにいく)。
―どんなメールなのでしょう。
石橋:(席に戻ってきて)私としても、自分がこんなことをメールに書いていたのかと、思わず笑ってしまうんですけれど……濱口さんに初めて映像とライブパフォーマンスの企画についてお話ししたのが、2021年の12月22日。その月の終わりに私は、「土地の記憶」というものについて思っていることを濱口さんに伝えています。
先ほど触れた満州の話なのですが、「その土地には元々住んでいた人たちの生活というものがあり、それが南満州鉄道(満鉄)を中心にした開発が進むことによって失われていく──そうして満州が満州として記号化されていく前の地図はどういうものだったのか考えていた」といったような、とりとめのない話を濱口さんに送っています。
―数々のアイデアが交わされていったのですね。
石橋:フィリップ・K・ディックや、あるいはカート・ヴォネガット・ジュニアといったSF作家の小説などのことを私は語っていたようです。たとえばヴォネガットが第2次世界大戦中に体験したドレスデン爆撃が題材になっている『スローターハウス5』といった作品ですね。そうしたやりとりをするなかで、2022年5月に濱口さんが、ハルトムート・ビトムスキーという監督による『塵』(2007年)という映画を勧めてくれました。
―日常的な埃(ほこり)から、テロや戦争による粉塵、宇宙のスターダストまでを扱う、異色のドキュメンタリーとのことですね。
石橋:私も2013年に、映画監督でもあったライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの戯曲『ゴミ、都市そして死』上演の音楽を担当したことがありまして、そのことについてもお話ししました。そうしたやりとりを経て、2022年7月、濱口さんはゴミ工場に向かっています。
―すごい、すぐに足を運んだんですね。
石橋:「塵」というものが1つのテーマになっていて、私も塵をモチーフにデモを作ったのが2022年8月のことです。11月には、私がいた山梨・小淵沢のスタジオに濱口さんたちが来てくださいました。たまたま石若駿さん、ジム・オルークさん、マーティ・ホロベックさんと私がセッションをしていたので、その様子も撮影して、後ほど、その音にクラシック映画の映像を実験的にはめていったものを見せてくださったんですね。
それを拝見しながら、MVのように音楽に寄せるのではなく、濱口さんがいつも通りに劇映画を作ってくだされば絶対に面白いものになるんじゃないか、ということをお伝えしたんです。そこから一気にリサーチから脚本づくりへと進んで、2023年の2月~3月に撮影、4月~5月に映像の編集と楽曲制作……といった流れになりました。

―映画と音楽がそれぞれ独立したものとして存在するからこそ、ライブパフォーマンスとして合わさったときによいものになるだろう、と。企画の端緒である『GIFT』の映像編集が先行しつつも、楽曲制作にかんしては、声のあるバージョンとして後から構想された『悪は存在しない』が先だったようですね。実際に『悪は存在しない』の音楽を聴くと、ストリングスが多重録音された楽曲やアンビエントなものなど、とても印象的なトラックが並んでいます。
石橋:電子音などの楽曲たちは、脚本も何もない、それこそ濱口さんがゴミ工場を訪れた頃に、私が「塵」をモチーフに作ったものなんです。4、5曲を作って先に濱口さんにお渡ししていたもののなかから選んでいただいて、ブラッシュアップした曲たちが『悪は存在しない』で実際に使われています。
一方で、ストリングスの曲は2曲作りました。脚本ができあがって以降、ラッシュ(未編集の映像)を見て制作したストリングスの曲と、編集した映像を見てから取り組んだ、結果としてメインテーマとなったストリングスの曲があります。編集されたものを見て、濱口さんの「怒り」のようなものを感じとって作ったのが、何度も劇中で繰り返されるメインテーマなんです。
長野県、水挽町で暮らす巧(大美賀均)とその娘・花(西川玲)。ある日、彼らの住む近くにグランピング場を作る計画が持ち上がる。それはコロナ禍のあおりを受けた芸能事務所が政府からの補助金を得て計画したものだった。森の環境や町の水源を汚しかねない計画に、巧ら町内の人々は動揺する。『GIFT』と異なり、無声映画ではない。
―濱口さんの「怒り」を音にフィードバックするというお話は、メインテーマの音の層の厚みのようなことにつながっているのでしょうか。
石橋:そう言えるかもしれません。ちょっと不協和音を混ぜてみたくなったというのも、映像や物語から感じ取った複雑さや濱口さんの「怒り」ゆえかもしれないですね。
―今回はビートレスな楽曲が多いですね。
石橋:自然を撮ると事前にわかっていたということもあって、あまり一定のリズムを刻んでいく音楽ではなく、有機的な曲がいいなと思っていました。