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大根仁に聞く、坂本慎太郎ライブの裏側「100年先にも文化遺産として残したかった」

2025.5.14

#MOVIE

「文化遺産として、どうしても記録映像を残しておかなければいけない」

坂本慎太郎のライブについて、映像ディレクター・大根仁はこう語る。その思いの結晶ともいえる『坂本慎太郎LIVE2022@キャバレーニュー白馬』が、2025年5月1日からNetflixで配信された。本作は、かつてゆらゆら帝国の日比谷野音ライブの映像もディレクションした大根が、自主制作したもの。さらに撮影には16ミリフィルムが使用されている。そうした事実からも、この作品に対する大根の熱量の高さが伺えるだろう。

今回、本作について大根にインタビューを実施。聞き手は、「キャバレーニュー白馬」をライブ会場に選ぶきっかけにも関わった音楽ライター、松永良平が担当。本作に対するモチベーションや、フィルムを使用した背景、ミュージシャン・坂本慎太郎に対する思い、ゆらゆら帝国時代からのつながりなどを聞いた。

「坂本慎太郎のライブを記録に残す」。大根仁が抱えた使命感

─まずは、熊本県八代市のキャバレー、ニュー白馬でのライブ撮影に至る発端から話しましょうか。実は、僕もそのきっかけには少し関わっています。

大根仁:そうなんですよね。2020年の1月くらいですね。去年(2024年)に亡くなったフジテレビのプロデューサー黒木彰一さんとお食事する機会がありました。その場に松永さんもいらっしゃった。

大根仁(おおね ひとし)
映像ディレクター。1968年12月28日生まれ、東京都出身。深夜ドラマ『まほろ駅前番外地』(2013年)や『ゆらゆら帝国 2009.04.26 LIVE @日比谷野外大音楽堂』(2010年)などを手掛ける。2011年に『モテキ』で映画監督デビュー。その後、監督・脚本を務めた『バクマン。』『SCOOP!』『SUNNY 強い気持ち・強い愛』などが公開。近年は、ドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』(2022年)の演出、Netflixシリーズ『地面師』(2024年)の演出・脚本も担当。

─コロナ禍になる直前でしたね。大根さんは同い年で、すごく若い頃に同じような場所にいたということもあり、僕の著書『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』(2019年)を面白く読んでくださっていて、その著者である僕が黒木と友人だったので会いましょうという流れだったと思います。

大根:その席で、松永さんの故郷の八代市に、ニュー白馬という日本で唯一現存する素晴らしい雰囲気のグランドキャバレーがあると聞いたんです。そのときに松永さんは「そこで坂本慎太郎さんのライブを見たい。それが夢なんです」と言っていた。ニュー白馬については知らなかったので早速画像検索してみたら、確かにすごい。「そんなことがあったら最高ですね」と盛り上がったあの晩が最初ですね。

でも、実現まではそれから少し時を経ました。2022年、「Like A Fable」Tourの日程が発表されて、そこにニュー白馬が入っていた。「あそこじゃん!」と思いだしたので、最初は普通にライブを見に行こうと思ったんです。

キャバレーニュー白馬の外観 / 『坂本慎太郎LIVE2022@キャバレーニュー白馬』場面写真

─いち観客として。

大根:そうです。でも、なんかふと「そのライブ、撮りたい⋯⋯」と思ったんですね。坂本さんがソロでアルバムを4枚出して、ライブ活動を2017年に始めてからもずっと見てきて、僭越ながら言わせてもらうと、バンドとして仕上がってきたと感じていたんです。曲のバリエーションや演奏力、パフォーマンス、お客さんの熱量も上がっていた。「今の坂本バンドを撮りたい! このライブは絶対に映像として残しておかなきゃいけないんじゃないか!?」と、半ば天命のように思ったわけです。

─わかります。しかも最高のシチュエーションが用意された。

大根:ですが、坂本さんはゆらゆら帝国時代から、ライブ映像を記録して残すことにほぼ興味がない人だと存じ上げてはいました。でも今回はすごく撮りたかった。文化遺産として残しておきたいという思いがふつふつと浮かび上がってきた。それである夜、これはもう直接坂本さんに聞いてみようと思ったんです。それで「白馬、やばいですね。ライブ映像として撮りたいんですけど」とメールしました。

─返信は?

大根:案の定、ちょっと興味はない、と(笑)。でも何回かやりとりをして「じゃあ僕が自主制作として勝手に撮る。それなら許可いただけませんか?」と提案したんです。そしたら、勝手に撮る分にはいいですよ、と。つまり、あくまで僕の思いを受けての自主制作として許可をもらったんです。

ちょうどその頃『エルピス ―希望、あるいは災い―』(2022年)というテレビドラマを撮影していたんですが、ドラマ専門のカメラマンではなく、CorneliusのMVなども撮られている撮影監督の重森豊太郎さんに入ってもらってました。重森さんも坂本さんの音楽がすごく好きな方なので、現場で「今度、坂本さんのライブを撮ることにしたんです」と話したら、「俺、撮りたい」って言ってくれたんです。

『エルピス―希望、あるいは災い―』CM

─そのタイミングで『エルピス〜』を大根さんがディレクションしていたというのも、運命的ですよね。あのドラマ、映像もすごかったから。

大根:ニュー白馬の店内画像を見てもらったら、重森さんに「ここで坂本さん撮るんだったら16ミリフィルムが似合うんじゃない?」と言われたんです。僕にはまったくその発想はなかった。重森さんは基本的にデジタルではなく、フィルムのカメラマンなんですよ。16ミリの映像って確かに独特で、35ミリフィルムの美しさや解像度に比べると質は落ちるんだけど味わいは増す、みたいなところがある。確かに、アリかもしれない。でも、フィルム撮影はお金がかかります。そしたら、ちょうどKodakとイマジカが16ミリフィルムを存続させるために、映画や映像作品として成立するならばフィルム代や現像費などを支援する試みがあるということで、重森さんが問い合わせしてくれたんです。その結果、支援してくださると決まり、「よし!」と話が前に進みました。

『坂本慎太郎LIVE2022@キャバレーニュー白馬』予告編

6台中2台しかカメラが回っていない場面も。16ミリフィルムでの撮影に奮闘

─とはいえ、まだまだ解決すべき課題も多かったのでは?

大根:16ミリフィルムカメラ自体、そんなに現場では使われない。さらに、カメラとカメラマンを集められたとしても、フィルムのチェンジをする助手も必要でした。

─僕も実際に現場での撮影を見るまでちゃんとわかってなかったんですが、カメラ1台につき3人がかりなんですよね。文楽の人形の遣い手みたいに3人がカメラに張り付いていました。

大根:まずフィルム1巻につき11分しか撮影できないんです。1巻終わったらチェンジしていかないと。しかも、そのやり方も独特で、ちゃんと黒い布を被せて露光しないようにしないといけないし、マガジンというフィルムケースに入れるのも職人技が必要。そういうことができる助手の方々も集めて、さらにクレーンやレールなどの特機スタッフも入れて、総勢30人のチームで撮ることになったんです。

あとは、東京中から今も動く16ミリフィルムカメラを6台かき集めて。事前に現地でロケハンもして、それで12月5日の本番を待つことになりました。

─実際にニュー白馬に行ってわかったことはありました?

大根:ステージがちょっと暗かったことですね。やっぱりキャバレーなので。でもフィルム撮影ではある程度の光量は必要なので、本番では『エルピス』で照明チーフの助手をやってくれていた近松光くんを連れて行って、サイドからの光量を足したんです。でも、とにかくまず場所を自分の目で見て、これは確かにやべえぞと思いました。ここで坂本さんが演奏すると思ったらよりテンションが上がりました。

─ライブ中は、大根さんは2階にいらしたんですよね。

大根:もともとは客席だったところを潰して調整室みたいにしてたのかな? そこをベースとして、モニターを見ながらカメラマンにインカムで指示をしました。それはライブ映像のスタンダードな撮り方ですけど、デジタルカメラならモニターもすごくきれいなわけですよ。16ミリってビジコンと呼ばれる古いモニターを使うんですが、画質が昭和の裏ビデオ並にガビガビで(笑)。本番中はその劣悪な画質しか見てなかったから、本当にちゃんと撮れてるのか、ちょっと不安ではありました。

『坂本慎太郎LIVE2022@キャバレーニュー白馬』場面写真

─フィルムの交換のタイミングもカメラごとに把握していたんですか?

大根:坂本さんの曲は全部頭に入ってたので、曲ごとのディレクションやカメラワークはだいたいできてましたね。もちろん、「よーいスタート!」で最初から全部一斉に回しちゃうと1台も回ってない時間帯ができてしまうので、時間差でずらしてやりました。

実際、中盤では2台しか回ってない瞬間とかありましたから。そういうときは回ってるカメラの人に「今2台しか回ってないよ! 絶対に外さないで!」ってインカムで伝えたりして、そんなスリリングさもありました。

─最近のバンドのライブ映像って一般的には、カメラ台数も多く、カットも目まぐるしく切り替わる印象ですが、ニュー白馬では6台だけだし、11分ごとのフィルム交換という制約もあるから、わりと長回しが多いですよね。

大根:そうですね。限られている機材や環境だからこそやったことが功を奏したかな。さっき照明を少し足したと言いましたけど、お客さんにはわからないくらいの程度で、基本的にはキャバレーに元からある照明で何とかしました。

照明オペレーターも地元のイベントをやっている方に来てもらいました。照明をいじる卓のフェーダーとかもまったくなくて、バチーンって押すスイッチでしたからね(笑)。そのスイッチで背景の色が変わったり、両側の電飾柱が回り出したりしたんです。

『坂本慎太郎LIVE2022@キャバレーニュー白馬』場面写真

─あの回転する柱もハイライトですよね!(笑)

大根:最高だったし、非常に手作り感がありました(笑)。もちろんみなさんプロが集まってやってるんですけど、ある意味プロっぽくない現場というか、自主制作感がすごい。

あと、東京のライブだと観客も「さあ見るぞ!」みたいに集中してる印象が強いですけど、あの日の白馬のお客さんは結構ゆるくて、演奏中もずっとしゃべったり、後ろのバーカウンターにお酒をどんどん買いに行ったり、コロナ後期ではあったんですが、ルーズでいいノリだったんですよね。その雰囲気もめっちゃ良かったんですよ。バンドの演奏も、客のノリの良さに呼応していて、撮りながら徐々に「これはいいものを撮れているぞ」と感じてました。モニターの映像はガビガビでしたが(笑)。

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