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視覚化することで、隠れていた歴史に光を当たる
―ファッションとアートの垣根を超えたあり方は、今後も増えていくと思いますか?
栗野:先ほどテート・モダンの話をしましたが、昨年1月にテート・ブリテンのほうで見た『HEW LOCKE: THE PROCESSION』というすばらしい展覧会を思い出しました。その展示で、グレース・ウェールズ・ボナーと同じくアフリカ生まれでカリブ育ち、イギリス在住のアイデンティティを持つヒュー・ロック(Hew Locke)というアーティストは、カリブ海のアフリカ系の人々によるコミュニティの文化と、それらが資本主義社会や白人社会の中で搾取されてきた歴史を描いていました。具体的には、カリブの伝統的な祝祭のパレードがテーマで、100mほどあるインスタレーションには、カリブ海文化や奴隷の歴史、植民地として統治した国側の文化が表れていました。なかには、彼らが白人社会の流入を経由したアフリカンカルチャーを表現するような、ブードゥー教的な要素とサトウキビ畑で働いている当事者の生活の苦しみも描かれていましたね。
栗野:また、当時の手形や貨幣のデザインをグラフィックで引用し、白人にとっての1000ポンドの価値でも黒人には1ポンドであるというような露骨な差別が可視化されていました。当たり前のように差別が行われていた時代の記憶をアートに込めた、非常に良くできたインスタレーションとして仕上げていました。誤解を恐れずに言えばファッション的な視点から見ても、COMME des GARÇONSやMaison Margielaなどのインスタレーションじゃないかと思ってしまうくらい、斬新でクリエイティブでした。

―人類の歴史の捉え直しが、こうしたかたちで表現として伝えられるんですね。
栗野:そもそもテートは、砂糖の精製業で奴隷を働かせることによって莫大な富を築き上げた企業なので、アフリカ系の人々にとっては否定すべき存在なんですよね。その歴史を踏まえたうえで、自分たちの歴史の内省をエデュケーショナルなかたちで示して、カリブ文化やアフリカ文化について理解してもらおうという思いが込められた展覧会だったと思うんです。ウェールズ・ボナーもキュレーションに参加した『LIFE BETWEEN ISLANDS』と同じく、近年のテートが以前はあまり表にしてこなかったカリビアンアフリカンやUKアフリカの歴史を積極的にテーマ化することに、時代の潮流を感じます。
エデュケーションがエンターテイメントとなり、エンターテイメントの中にエデュケーションがあることは、海外ではきっとオルタナティブなことではないんだろうけども、おそらく日本はこのあたりが一番弱い部分で、オルタナティブと受け取れますよね。これからきっとこういったエディケーショナルなカルチャーは、世界的にますます増えていくと思います。単にBLM運動の一端だと一過性で終わりそうだけど、決してそういうことじゃないと感じますね。