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ドラマ『ひらやすみ』で映される「モノ」や「景色」に託された思い

2025.11.19

#MOVIE

©NHK
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NHK総合の夜10:45~11:00の放送枠「夜ドラ」で、話題作『いつか、無重力の宙で』に続いて、視聴者に日々の癒やしと感動を届けているのが『ひらやすみ』(NHK総合)だ。

真造圭伍による世界累計100万部突破の同名漫画(小学館)を原作とする本作は、脚本をアニメ『スキップとローファー』の米内山陽子が手掛け、演出を『かしましめし』(テレ東系)や『フェンス』(WOWOW)の松本佳奈、映画『マイスモールランド』監督の川和田恵真らが務めている。

岡山天音、森七菜、吉村界人、吉岡里帆、根岸季衣など原作ファンも納得のキャストに加え、オーディションで選ばれた光嶌なづなの好演も評判な本作について、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。

※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

世界の美しさを凝縮したかのようなドラマ

「何も変わらないのんきな青年」生田ヒロト(岡山天音)©NHK
「何も変わらないのんきな青年」生田ヒロト(岡山天音)©NHK

なつみ(森七菜)が歩道橋の上で吸い込んだだろう新芽の匂い。重なり合う、雨漏りの音とコーヒーを淹れる音。仕事中のよもぎ(吉岡里帆)に今日が日曜日であることを気づかせる、窓の外から聞こえてきた、どこかの家のテレビの「のど自慢」の音。なつみに、今も昔も自分を応援してくれる人がいるという幸せを思い出させる、ヒグラシの鳴き声——

夜ドラ『ひらやすみ』を観ていると、ヒロト(岡山天音)となつみが住む素敵な平屋だけでなく、彼ら彼女らが吸い込む外の空気や何気ない音まで愛おしくなる。それは多分、そのすべてに誰かといた / いる記憶が宿っているからだろう。『ひらやすみ』は、忙しくてつい見落としてしまいがちな、世界の美しさを凝縮したかのようなドラマだ。

完璧な布陣で作られた「ひらやすみ」世界

「いろいろ変わっていく上京少女」なつみ(森七菜)©NHK
「いろいろ変わっていく上京少女」なつみ(森七菜)©NHK

登場人物たちを見守る小林聡美のナレーションの優しさ。第2回の終盤に流れたヒロトとなつみが歌い、ヒデキ(吉村界人)が口笛を担当する劇中歌“Keep on rolling” (作詞作曲は福島節)の可愛らしさ。そしてヒロトたちが作る美味しそうなご飯の数々は、フードスタイリスト・飯島奈美によるもの。完璧な布陣で作られた世界の中で役を生きる演者たち。主人公である「何も変わらないのんきな青年」生田ヒロトを演じる岡山天音の、穏やかで優しい佇まいは、反対に彼を取り巻く登場人物たちの変化を際立たせていく。

そんな魅力的な要素で溢れる本作の中でも、ヒロトのいとこであり「いろいろ変わっていく上京少女」なつみを演じる森七菜は格別だ。時にむくれたり、しょんぼりして下を向いて歩いたりと、喜怒哀楽のすべてが表情と歩き方に出てしまう素直な性格。ピョコピョコ・パタパタ・モダモダと形容したくなるその可愛らしい一挙一動から、なんだか目が離せない。なつみはいつも、想像とはだいぶ違う現実にうんざりしている。憧れの東京生活を過ごすはずが、ヒロトのバイクで到着した先は、「時代に取り残された」ような平屋だった。華々しい大学デビューを果たすはずだったオリエンテーションでは、輪ゴムを使ったささやかな手品が見事に失敗し、学食では座る場所がなくて、外のベンチで食べるには不釣り合いなラーメンを仕方なく啜っている。そんな彼女だからこそ、大学で初めてできた友人・あかり(光鳶なづな)と打ち解けていく過程において、思わず零れ出た笑顔から目が離せないし、気づいたら自分のことのように、彼女を見つめずにはいられなくなっていたのだ。

「モノ」や「景色」に託された思い

ヒロトがバイトする釣り堀を訪れたよもぎ(吉岡里帆)©NHK
ヒロトがバイトする釣り堀を訪れたよもぎ(吉岡里帆)©NHK

本作では、誰かと過ごした記憶、あるいはその時、誰かといる幸せが、「家」や「モノ」に託される。第6回でヒロトは、彼に家を譲った人物である「ばーちゃん」こと、はなえ(根岸季衣)との出会いを思い出しながら、かつて彼女が使っていたまな板を使い、その後「だいぶ汚れてたんで」と丁寧に削り、この先も長く使うための手入れを怠らない。また第1回では、はなえが亡くなる前日にヒロトに渡した「喉に効く」というカリン酒と、そこに込められたはなえの気遣いを、今度はヒロトがなつみに手渡す。なおかつ、そのカリン酒を見たことで、初めて彼は涙する。平屋そのものに根付いているだろうはなえの人生の痕跡もそうだが、ヒロトとはなえを繋いだ食べ物の記憶が、はなえの死後も、しっかりと彼女をこの世界に留めていることがわかる。

第4回で描かれた歩道橋のエピソードでは、「景色の見え方」を通してなつみの心の変化が描かれる。序盤に、なつみがヒロトに勧められて初めて歩道橋の上に来た時、彼女はまだその良さが分からないという顔をしている。むしろ悩みの多い自分と違う、ヒロトの呑気さに苛立つぐらいだ。でも、同じく第4回において、大学からの帰り道、初めてあかりと話したことで「友達ができたかも」という予感とともになつみは1人で歩道橋を駆けあがり、ヒロトの言ったオススメポイントの数々を改めて実感するのである。それは、よもぎが仕事中に、どこかの家で流れる「のど自慢のオープニング」を聴くことで「日曜日の昼間」の感覚を思い出し少し華やいだ顔をするが、すぐに「日曜日も仕事をしている」という現実に引き戻されてしまう場面と同じで、心に「楽しいこと」を受け入れる余裕がなければ、景色はただの景色のままなのだということを表現しているのだ。

このように本作では、物や景色、あるいは音などを通じて、人々の思いが巧みに表現される。第8回では、なつみが「何かノスタルジックで好き」なヒグラシの鳴き声を聴き、子供の頃のヒロトとのやりとりを思い出す。それは、誰にも見せてこなかった自作の漫画をヒロトに見せたら、ヒロトが面白がって読んでくれて嬉しかったという記憶だった。その記憶がきっと彼女の揺るぎない「自信」の根底にあり、「漫画家になる」という思いの原動力となっているのだろう。さらにはそこに、彼女があまり人には知られたくないと思っている「漫画を描いている」ということを、友達となったあかりに明かし、受け入れてもらえたという幸せと、その様子を目の当たりにして嬉しそうな顔をするヒロトの姿が重なり合って、「ヒグラシの思い出」は新たな歴史を刻む。

「変わらない主人公」を中心に変わりゆく季節と人

親友・ヒロトを「少し羨ましく」思うヒデキ(吉村界人)©NHK
親友・ヒロトを「少し羨ましく」思うヒデキ(吉村界人)©NHK

また本作は、「変わらない主人公」を中心に、変わりゆく季節と人を描いたドラマでもある。ヒロトの日常を通してドラマを見ることで、私たちは突然降ってきた雨にまで「夏」を感じるし、雨漏りというピンチの場面においても、雨漏りの音とヒロトがしっかりと手順を踏んでコーヒーを淹れる音が重なりあうその美しさに、安らぎすら感じずにいられない。

一方、対比的に示される、職場でインスタントコーヒーを作り、思わず「熱っ、苦っ」と呟くよもぎの、仕事中心の慌ただしい生活は、多くの視聴者の日常である。ヒロトの親友・ヒデキが、ヒロトからは「ちゃんとした仕事をして、結婚して、子供もできてすごい」と感じられている一方で、「何にも縛られていなくて自由」なヒロトを「少し羨ましく」思っているのは、多くの視聴者の気持ちを代弁しているのだ。

私たちの日々を包む夜のつかの間のオアシス

なつみの大学で初めてできた友人・あかり(光鳶なづな)©NHK
なつみの大学で初めてできた友人・あかり(光鳶なづな)©NHK

本作を観ると、仕事帰りにちょっと寄り道して遠くの景色を眺めたくなる。おいしいご飯をちゃんと作って食べようと思う。気の置けない誰かと話したくなる。心の余白すら無くなってしまいそうな、この忙しい現代社会において、誰かが誰かと出会い、次第に心を通わせていく幸せを日常のそこかしこに詰め込んだ『ひらやすみ』は、夜のつかの間のオアシスとなって、私たちの日々を包むに違いない。

夜ドラ『ひらやすみ』

©NHK
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毎週月~木曜 夜10:45~11:00 NHK総合にて放送中
※NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信中
公式サイト:https://www.web.nhk/tv/an/hirayasumi/pl/series-tep-KZ5YJ87J38

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