NHK総合の夜10:45~11:00の放送枠「夜ドラ」で、話題作『いつか、無重力の宙で』に続いて、視聴者に日々の癒やしと感動を届けているのが『ひらやすみ』(NHK総合)だ。
真造圭伍による世界累計100万部突破の同名漫画(小学館)を原作とする本作は、脚本をアニメ『スキップとローファー』の米内山陽子が手掛け、演出を『かしましめし』(テレ東系)や『フェンス』(WOWOW)の松本佳奈、映画『マイスモールランド』監督の川和田恵真らが務めている。
岡山天音、森七菜、吉村界人、吉岡里帆、根岸季衣など原作ファンも納得のキャストに加え、オーディションで選ばれた光嶌なづなの好演も評判な本作について、ドラマ・映画とジャンルを横断して執筆するライター・藤原奈緒がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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世界の美しさを凝縮したかのようなドラマ

なつみ(森七菜)が歩道橋の上で吸い込んだだろう新芽の匂い。重なり合う、雨漏りの音とコーヒーを淹れる音。仕事中のよもぎ(吉岡里帆)に今日が日曜日であることを気づかせる、窓の外から聞こえてきた、どこかの家のテレビの「のど自慢」の音。なつみに、今も昔も自分を応援してくれる人がいるという幸せを思い出させる、ヒグラシの鳴き声——
夜ドラ『ひらやすみ』を観ていると、ヒロト(岡山天音)となつみが住む素敵な平屋だけでなく、彼ら彼女らが吸い込む外の空気や何気ない音まで愛おしくなる。それは多分、そのすべてに誰かといた / いる記憶が宿っているからだろう。『ひらやすみ』は、忙しくてつい見落としてしまいがちな、世界の美しさを凝縮したかのようなドラマだ。
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完璧な布陣で作られた「ひらやすみ」世界

登場人物たちを見守る小林聡美のナレーションの優しさ。第2回の終盤に流れたヒロトとなつみが歌い、ヒデキ(吉村界人)が口笛を担当する劇中歌“Keep on rolling” (作詞作曲は福島節)の可愛らしさ。そしてヒロトたちが作る美味しそうなご飯の数々は、フードスタイリスト・飯島奈美によるもの。完璧な布陣で作られた世界の中で役を生きる演者たち。主人公である「何も変わらないのんきな青年」生田ヒロトを演じる岡山天音の、穏やかで優しい佇まいは、反対に彼を取り巻く登場人物たちの変化を際立たせていく。
そんな魅力的な要素で溢れる本作の中でも、ヒロトのいとこであり「いろいろ変わっていく上京少女」なつみを演じる森七菜は格別だ。時にむくれたり、しょんぼりして下を向いて歩いたりと、喜怒哀楽のすべてが表情と歩き方に出てしまう素直な性格。ピョコピョコ・パタパタ・モダモダと形容したくなるその可愛らしい一挙一動から、なんだか目が離せない。なつみはいつも、想像とはだいぶ違う現実にうんざりしている。憧れの東京生活を過ごすはずが、ヒロトのバイクで到着した先は、「時代に取り残された」ような平屋だった。華々しい大学デビューを果たすはずだったオリエンテーションでは、輪ゴムを使ったささやかな手品が見事に失敗し、学食では座る場所がなくて、外のベンチで食べるには不釣り合いなラーメンを仕方なく啜っている。そんな彼女だからこそ、大学で初めてできた友人・あかり(光鳶なづな)と打ち解けていく過程において、思わず零れ出た笑顔から目が離せないし、気づいたら自分のことのように、彼女を見つめずにはいられなくなっていたのだ。