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「モノ」や「景色」に託された思い

本作では、誰かと過ごした記憶、あるいはその時、誰かといる幸せが、「家」や「モノ」に託される。第6回でヒロトは、彼に家を譲った人物である「ばーちゃん」こと、はなえ(根岸季衣)との出会いを思い出しながら、かつて彼女が使っていたまな板を使い、その後「だいぶ汚れてたんで」と丁寧に削り、この先も長く使うための手入れを怠らない。また第1回では、はなえが亡くなる前日にヒロトに渡した「喉に効く」というカリン酒と、そこに込められたはなえの気遣いを、今度はヒロトがなつみに手渡す。なおかつ、そのカリン酒を見たことで、初めて彼は涙する。平屋そのものに根付いているだろうはなえの人生の痕跡もそうだが、ヒロトとはなえを繋いだ食べ物の記憶が、はなえの死後も、しっかりと彼女をこの世界に留めていることがわかる。
第4回で描かれた歩道橋のエピソードでは、「景色の見え方」を通してなつみの心の変化が描かれる。序盤に、なつみがヒロトに勧められて初めて歩道橋の上に来た時、彼女はまだその良さが分からないという顔をしている。むしろ悩みの多い自分と違う、ヒロトの呑気さに苛立つぐらいだ。でも、同じく第4回において、大学からの帰り道、初めてあかりと話したことで「友達ができたかも」という予感とともになつみは1人で歩道橋を駆けあがり、ヒロトの言ったオススメポイントの数々を改めて実感するのである。それは、よもぎが仕事中に、どこかの家で流れる「のど自慢のオープニング」を聴くことで「日曜日の昼間」の感覚を思い出し少し華やいだ顔をするが、すぐに「日曜日も仕事をしている」という現実に引き戻されてしまう場面と同じで、心に「楽しいこと」を受け入れる余裕がなければ、景色はただの景色のままなのだということを表現しているのだ。
このように本作では、物や景色、あるいは音などを通じて、人々の思いが巧みに表現される。第8回では、なつみが「何かノスタルジックで好き」なヒグラシの鳴き声を聴き、子供の頃のヒロトとのやりとりを思い出す。それは、誰にも見せてこなかった自作の漫画をヒロトに見せたら、ヒロトが面白がって読んでくれて嬉しかったという記憶だった。その記憶がきっと彼女の揺るぎない「自信」の根底にあり、「漫画家になる」という思いの原動力となっているのだろう。さらにはそこに、彼女があまり人には知られたくないと思っている「漫画を描いている」ということを、友達となったあかりに明かし、受け入れてもらえたという幸せと、その様子を目の当たりにして嬉しそうな顔をするヒロトの姿が重なり合って、「ヒグラシの思い出」は新たな歴史を刻む。