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客席に涙を呼んだ厩戸の孤独
物語は、厩戸と毛人の対話でクライマックスを迎える。毛人は、厩戸の「不思議」を知りながらも翻弄され、同時に意図せず翻弄し、その心を引きずり出す。厩戸が思いのすべてを打ち明けた時、毛人はよろめくように一歩退いた。打ちひしがれる厩戸。声の震えを押しとどめ、「耐えられぬはずがない、いままでもそう(孤独)だったのだから」と絞り出す厩戸は、毛人よりずっと「人間らしく」見えた。客席のあちらこちらに、涙をおさえる人の姿があった。日が出ずる晴れやかさと、一見すると慈愛に満ちた光景。それでも宇宙でひとりぼっちという、厩戸の途方もない孤独は続く。

原作漫画には、どの人物にも思い入れがあり、読み終えた時には整理しきれない程、いくつもの感情が渦巻いた。一方でこの舞台では、萬斎の厩戸がシテ(主人公)と位置づけられたことで、その孤独の根源、渇望し続けていたものをより深く感じた。
原作通りでありながら、新しく出会う『日出処の天子』。原作者である山岸凉子が生み出したキャラクターや物語の強度と、時空も夢現も自在に往来する能狂言の力があってこそ成立する舞台だった。今、再び原作をめくりたいと考えている。12月には追加公演も決定。前売りチケットは完売しているが、当日券のチャンスがあればぜひ足を運んでほしい。
能 狂言『日出処の天子』
2025年8月7日(木)〜8月10日(日)
追加公演2025年12月1日(月)・12月2日(火)
会場:観世能楽堂
原作:山岸凉子
演出:野村萬斎
作調:亀井広忠
監修:大槻文藏
出演:大槻文藏、野村萬斎ほか