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第5話における2つの印象的な「意味」

辞書編集部員たちが松本のライフワークである「辞書引き学習」のイベントに参加する様子を描いた第5話においても同じことが言える。母(村川絵梨)の思わぬ言葉を聞いてしまった少年・愛斗(阿久津将真)が「母を信じるために、言葉を疑って」辞書のページを開いた瞬間。それは、第3話ではあくまでイメージでしかなかった少年少女が実体を得て走り出した瞬間とも思える。
1人は、西岡が語釈原稿執筆者の秋野教授(勝村政信)を説得する時に例え話の中の想像として登場した、図書館で辞書を引くことによって「水木しげる」と初めて出会う少年(藤田要)。もう1人は、みどりが馬締の導きによって「水木しげる」の語釈を考えた際、彼女が頭に浮かべた少女のことだ。それは幼い頃のみどり(宮崎莉里沙)自身であった。美容師の母・若葉(森口瑶子)がお客さんと会話する中で「水木しげる」の話題になった時、彼女は図書館へと走り夢中で辞書を開く。それはあくまで、彼女が想像した光景であって実際の出来事ではない。しかし、第5話で、みどりが長年抱いてきた母・若葉への屈託が、ほぼ同じシチュエーションで、若葉が発した「あの子、いつもからかって(本来は方言で「手を尽くす」という意味を持つ)」という言葉に対する誤解からきていることが明らかになることで、前述した第3話のその光景が、もう1つの意味を持ち始めるのだ。
それは、「母を信じるために、言葉を疑った」愛斗のように、もし、みどりがあの時「言葉を疑って」辞書を引きに図書館へと走っていたら、もしくは玄武書房の辞書編集部員たちのような素敵な大人に出会っていたとしたら、あり得たかもしれないその後を想像させる。でも、過ぎてしまった年月をどうすることもできないのが私たちの人生である。かつての少女・みどりは、編集部員になった今、手あたり次第に辞書を引いた末に、母・若葉の言葉の本当の意味を知る。
第5話には、2つの印象的な「意味」があった。1つは、辞書という、世界の「入口」に立つ少年と、彼を全力でサポートする松本と辞書編集部員たちという素敵な大人たちの姿を描くこと。もう1つは、みどりが、時を経て、辞書を通して母の言葉と再び出会い直し、長年の「こだわり」を捨て、ずっと言いたかった「好き」を口にすることだった。